□第五話
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ぽたり、ぽたりと首が落ち、
地は紅で埋まっている。


もう、いいよ。


そう言えば、いってくれるなと泣く。


どうにもできないことだ。


そう言えば、抱きしめられた体が折れた。










「銀ちゃん、さっきから何やってるんだヨ。
あんな女どーでもいいから早く帰るよろし」


「チッ、んだよつまんねー。結局総一郎君かよ」


校門から出ていく二つの影を見つめ、銀時は悪態をついた。
ちらほらと雪降る中、手を繋いで歩く二人はまるで恋人。
寒さなんて彼らには関係ないようで、まるでお花畑でも背負っているように見える。


「最近何かと噂の冴えない女。
外見内面共に平均、もしくはそれ以下。あんなのに何で興味持ってるネ?」


「ガキには関係ねーだろ。つーか、何で中坊がここにいんだよ」


ガキ、中坊と呼ばれた少女はむーと頬を膨らませ、ずれた眼鏡をくいっと上げる。

少女の名前は神楽。
銀魂中等学校に通う、中学生だ。

中学校の制服であるセーラー服を着て、堂々と高校敷地内にいる少女。
赤い髪をお団子にして、中国を匂わす髪飾りをつけている彼女は、
兄のような存在の銀時が一人の女に執着するのが楽しくない様子。


「なー神楽。あの野郎死なないくらいにぶっ殺してくんないかな」


「言ってること目茶苦茶ネ。大体、」


さっきから目が異常なのだ、この男は。


「あーあ、マジでつまんねー」


姿を消した二人に舌打ちをし、癖のある髪をぐっと掴む銀時。
その姿に、神楽は女に興味を抱いた。

何に対しても怠惰的な男が、物陰に隠れてまでも一人の女を見つめている。
その瞳に宿るものはきらめく光などではなく、真っ暗闇だ。
こんな銀時は初めて見たと、最近退屈でしかたなかった神楽は、
新しい玩具が手に入ったと内心ガッツポーズをした。








昼休み 教室


「ねー、あなたが最近沖田君に纏わりついてるって子?」


昼食はいつも、総悟が花の教室まで迎えに来て、
それからどこで食べるのか決めるのだが。
今日はその彼が来るのが遅く、弁当箱が入ったバッグを手に廊下で待っていたところ、
見覚えのない生徒に話しかけられる。

一目見ただけでわかる攻撃的な声と態度に、後ずさると女の子たちの一人がくすりと笑う。
手入れの届いている髪に、すらりと伸びた肢体。
可愛らしい顔に浮かべられたその表情が、とても恐ろしい。

「なーんだ、大したことないじゃない。あなた、本当に花さん?
同じ名前の子が二人いるのかな」


くすくすと笑いながら言う彼女は、本当はそんなこと思っていないことは
わかっている。
なぜ自分がこんなことを言われているにかわからないが、
早くこの場を離れたくて仕方がない。


しかし、ここを離れては。


沖田君に、叱られる。


あの日から、沖田総悟は異常な男になってしまった。
あの日のことはもう思い出したくないと、赤が頭をよぎり、慌てて掻き消す。


「ねぇ、もういいんじゃない?
あんまり言ったら可哀そうよ、私たちいじめているみたいじゃない」


数人いる中の一人がそう言うと、もう一人が続けざまに


「先生にチクリそうだし。だって、卑怯そうじゃない」


だよね、あははと笑う彼女たち。
廊下を通り過ぎる生徒たちは見て見ぬふりで、唯一守ってくれる総悟も、
一緒に過ごしてくれた銀時も今はいない。

誰かが空気の入れ替えの為に開けた廊下の窓から、
体が千切れてしまいそうな程冷たい風が入ってくる。


「ねえ、あなたもこんなこと言われたくないでしょ。
私だって好きで言ってるんじゃないのよ、わかるでしょ?」


なにがわかるというのだ、なにもわからない。
ただ、平穏に、普通の高校生としての生活がしたいだけなんだ。

ぐっと噛みしめた唇が切れ、舐めると鉄の味がする。


「私ね、あなたのこと別に嫌いじゃないのよ。
いじめるなんてもっての外。ただ……、沖田君のことがね」


そこでふうと溜息を吐いた彼女は頬に手をやり、


「人気があるのよ、彼。あなたが思っているよりもずっとね。
私たちなんてまだいい方よ。これ以上彼と一緒にいると、きっと目をつけられる」


わかったわね?
私たちは忠告しているの、勘違いしないで頂戴ね。






高杉君。
私のことを彼女だとするならどうして、そこで見ているだけなんですか。
私のことをどうして彼女にしたのですか。



「お前が言ったんだろうが」


「お前が、」






愛し君に、嫉妬の感情を。







「ってー!あんまり強く触んじゃねーよ」


「あ、ごめん」


いつもより遅く現れた総悟は、頬が真赤に腫れていて、
見ているこっちまで痛くなってくる。

保健室に無理やり連れて行けば保険医は外出中で、
素人の治療を試みてみる。そして今、実行中だ。


「これで大丈夫だと思う。
お風呂あがったら貼り直してね」


勝手に持って帰っていいのか不明だが、予備の湿布の入った
袋を総悟に持たせる。

どうして顔が腫れてるのと聞いても答えない総悟に、
あの日から育っている不信感がどんどん大きくなっていく。

許すと言った総悟。
眠れなくなってしまった頭。
赤が、脳裏を霞めて目を閉じられない。


高校生活、初めてできた友達が壊れて行く姿は
見るに堪えられない。


「あ、このソーセージ辛い」


「うん、チョリソーだからね。辛いの苦手?」


雪が今にも降りそうな中、中庭のベンチで弁当箱を広げる生徒は
他には見当たらない。
寒すぎてあまり食欲は湧かないが、総悟が二人がいいと言うので
仕方がない。


「苦手じゃねーけど、思い出すから」


何を?とは聞けなかった。
彼が、見たことないくらい、今にも泣き出してしまいそうなくらい、
綺麗な顔を歪めていたから。
花に出来ることは、彼の頭を撫でてあげるくらいだ。

そうすれば総悟ははにかんで優しい彼に戻るし、何より花
が安心する。

見たことない総悟の一面など、見たくはない。
普通の友達としての総悟が好きなのだ。
それ以上もそれ以下もない。
月明かりの下の、ぎろりと光った瞳など見たくもない。
吐き気がしてしまいそうな、呪詛の言葉など聞きたくない。


「今は、ごめん。何も言えねーけど。
でも、俺が何も言わなくても、花は思い出してくれんだろィ?」


ごく普通に、うんと嘘をつく。
一体何を思い出せと言うのか。

総悟も、あの男も。


頭の湧いた人間しかいないのか、ここには。





放課後 帰り道

助っ人として部活動に出ることになった総悟に、今日はお母さんに
お使いを頼まれているからと一人で帰ることにした。
これは、嘘だ。

最近、総悟といることに苦痛に感じる。
あんなに楽しかった放課後が、今じゃ嘘の上塗りでしかなくなった。
彼が言うことにはすべてイエスで答え、ノーは用意されていない。

葉が全て落ちてしまった寂しい木を見上げ、立ち止まる。


これじゃあ、一人の方が気楽だ。


小さく吐きだした言葉が、体に染み込んでいく。
これが言えたなら、伝えることができたなら、こんな関係は
終わらせることができるのに。
友達は、何でも言い合えるものじゃないのか。
時に優しく、時に厳しく……。
なんて、青春ドラマを観すぎた結果なのかもしれない。


「あー!いたいた!」


「えっ!?」 


「お前、花に違いないな!?」


「は、はい!」


牛乳瓶の底が二つ、目の前に現れ、息を飲む。
正確には、牛乳瓶の底のような眼鏡をかけた少女。

少女はふふんと勝気にほほ笑むと、一歩下がる。
ばくばく煩い心臓に手を当て、何者かと観察する。

ずれた眼鏡から見える瞳は冴えわたる空のようで、可愛らしい
顔をしている。
日本人にしては白すぎる肌をしており、背中には傘。
この歳から日焼け対策とは中々だ。


「見世物じゃない、あまりじろじろ見んなヨ」


「あ、す、すみません……」


年下に敬語で謝ってしまう自分を情けなく思い、
そしてこの少女は誰だろうと記憶を巡らせる。
しかし考えんでみたもののわからないことは最初からわかっていたし、
何より遠慮なく、穴が空くほど見られるのでそっちが気になって仕方ない。


「遠目で見ても近くで見ても、結果は同じネ。
うーん……。これのどこが?」


顎の手をやりうーんと唸る少女にハッとする。
もしや、この人物が総悟を想う人物なのでは……?


「初対面の相手に自己紹介無しとは、不躾極まりないネ」


あ、すみませんと言えば、謝る暇があるなら紹介しろと言う。
今すぐに帰りたいのをグッと堪えたのは、ここで自分を紹介しなければ
長引くと判断したからだ。


「えーと、銀魂高校に通う――」


「そんなこと制服見りゃわかることヨ。
お前、銀ちゃんの何?もしかして付き合って……」


「……銀ちゃんって、もしかして坂田君?
ちょっと待って、あなた沖田君のファンじゃないの?」


「はぁ〜!?この私が外道のファン!?」


「あ、いえ……」


目をむき出しにして怒りを露わにする少女、怖い。
そりゃそうだ、言葉に偽りなく目がむき出しになっているのだから。

ということは、あの人たちが言っていた沖田君の熱狂的なファンじゃないのか。
ホッとし、改めて少女を見る。

総悟のことを外道と言い、銀時をあだ名で呼ぶ少女。
銀時の妹、だろうか。
それにしては似ている部分が見当たらないし。
いやしかし、兄弟だからといって必ずしも血が繋がっているとは考えられない。


「最近銀ちゃんと仲いいから……」


しゅんとして呟く少女に、あぁと納得する。
この中学生は、嫉妬しているのだ。
その感情は必要ないものだと、首を振る。


「ううん、坂田君とは少しの間、話し相手になってもらっただけだよ。
今じゃ、校舎も違うから同じ学校でも会う機会もないし」


じーと見つめ、ふーんと言う彼女はしかし、疑いの眼差し。
何を疑っているのか知らないが、噂話が流れるようなことは銀時とはない。

それを言うなら、総悟とも、あの男とも全くない。
長い時間を一緒に過ごす総悟とも、人に後ろ指を指されることなんて何もしていない。

ただの友達と、花はそう思っているし、総悟もそうだと信じたい。


「あの、私もう帰るから。
送って行こうか?」


「子ども扱いするとはいい度胸ネ」


「あ、いやそういうつもりじゃ」


ふんと鼻を鳴らすと、少女は結局名前も告げず去ってしまった。


「何だったの……」


一層重くなった体を引きずり帰ってきたころには、空は赤く染まっていた。

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