□第六話
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「放課後、付き合え」







今日は朝から、そわそわして仕方がない。
頭の中に何かが居座っているようで気持ち悪い。


それは、今朝のことだった。


いつもより少し早く起きたので、いつもより少し早く家を出た。
雪は降っていないが、冷たい風が頬を赤らめる。
最近、手荒れが酷く薬局でハンドクリームを買ったところだ。


マフラーを巻きなおし、手袋をつけていると影が出来た。
総悟が来たのだろうとそちらに目をやると、それは彼ではなかった。

そして冒頭に戻るのだが、その台詞を言われたという訳だ。

彼の一言で花の思考は完全ショートし、機能し始めた頃には
男、高杉晋助の姿はなかった。




「で、どうして無理なんでィ」


不服そうに頬を膨らませる彼に、頭を悩ませる。
総悟は最近、明確な理由がないと誘いを断るには足りないらしい。

これなら最初からお母さんのお使いだと言えばよかったのだが、
それは昨日言ってしまったので何だか気が引けたのだ。


「最近一層寒くなったでしょ。何だか風邪気味で……」


通学路の木々も葉の防寒着がなくなり、可哀そうに見える。


「でも、映画のチケット今日までなんだぜ?
せっかくただで観れんのに」


そう言ってひらひらさせる二枚のチケットは、今話題のホラー映画。
黒髪の女がテレビから出てくるのはもう時代遅れで、
現代版ではパソコンのモニタから出てきてしまうらしい。

新聞屋が勧誘でチケットをどうぞと渡してきたのは昨夜のことで、
総悟はどうしても花と映画鑑賞したいらしいのだが。


今まで全く花に干渉しなかった男が、どこで調べたのか
家にまで来て約束を取り付けてきた。
総悟には悪いが、映画より晋助が気になるのだ。


あの場で言わずに、わざわざ放課後?
一体何をするの?


「お、沖田君?」


考え事をしているとその手をギッと握って、足を止める。
総悟が強く握るので、骨が軋んで痛い。
目を見るのが何となく怖くて、栗色のさらりとした髪に視線を集中する。


「信じて、いいんだな」


「うん」








教室 放課後

思い出してみれば、家の前に現れた彼は制服ではなく、私服だった。
学校には最後まで来なかった彼に、待ち合わせ場所や時間などを
指定しなかったのを後悔していた頃、総悟が教室に来て、あ、と言う。


「習慣って怖いもんだね、間違って来ちまった」


はは、と髪をくしゃっと掴む彼に、急に罪悪感が湧く。
総悟は、基本的には花に優しい。
何があっても傍にいてくれるだろうし、守ってくれる。

しかし、ブレザーから少しだけ見えてしまう白い布に、
あの時を思い出させて心に重りが圧し掛かってしまう。

あれがなければ、もっと、きっと。


「あーあ、つまんねーの。一人で観に行こうかなぁ」


花の前の席に後ろ向きに座り、彼女の机に顎を置く。


「キャーって怖がってくれるのを期待してたんだけど」


「あ、私結構ホラー平気なんだよ。きっと、悲鳴なんて上げない」


「えー……期待外れ過ぎ。
あーあ!つまんねー」


ぷくっと膨れた頬が何だか可愛くて、突いてみるとぱんと弾けた。


「今度、お詫びするから。ね?」


とは言っても、どこで晋助に会えばいいのかわからない。
もしかしたら家の前で待っているかもと、帰る支度をする花を見る総悟の瞳は、
曇天のように濁っていた。







「あ……」


今朝の天気予報では、雨が降るなんて言ってなかったのだが。
ぽつりぽつりと降りだした冷たい雨に、コンビニに避難する。

学校近くのコンビニで、店内には同じ制服を着た生徒らがちらほら。
傘はどこかと店員に言えば、今日はもう売り切れだと言う。

今降りだした雨なのに、品揃えが悪い店だと内心悪態をついていたところ、
外には探していた顔が。

真っ黒の、紳士用傘をさす男は、花をじっと見つめている。
何も言わず、そこに立っているだけ。

花の足は意思とは関係なく動き、店を出る。

彼は彼女を傘に入れ、髪を濡らす滴を払った。


「あの……」


「歩け、つけられてる」


え、と声を出せば晋助の足は進み、頭上から傘が消える。
冷たい雨に濡れてはと隣を歩き背後を確認しようとすれば、


「お前はマゾか。
わざわざあんなモンみてぇのか?」


固まってしまいそうな思考をどうにか動かし、マゾではないと
言うと、男は口の端を上げる。


「ふん。めんどくせぇ奴」


行くぞと早足になった彼についていく。
言われてみるとすぐ後ろに誰かいるような気がして、気分が悪い。

誰が、なんて考えてみなくともわかる、総悟だろう。

信用なんてしてくれなかったのだ。
嘘をついたこちらも悪いが、後をつけなくたっていいじゃないかと、
隣に晋助がいる安心感に不安よりも怒りがこみ上げる。


「……ねえ、どこに行くの?」


駅前の賑わいを通り過ぎ、どんどん歩いていく晋助に問うも、
彼は何も言わない。
寡黙そうだとは感じていたが、こんなところまでそうでは困る。
行き先くらいは教えてほしいものだ。


「はあ。てめぇの目ん玉で確認すりゃいいだろ。
いちいち言わせんじゃねえ」


初めて、いや、久しぶりに話したと思ったらこれだ。
もう少し言い方というものを勉強してほしい。

だけど、どうしてどろう。別に嫌じゃない。

それは、晋助が先ほど言ったようにマゾだからではなく、
この険のある言い方が心地よく……懐かしく感じてしまう。


「そういう言い方しなくたっていいじゃん、友達なくしちゃうよ?」


いつもだったら絶対言えないことがどうしてどろう、
この、見ただけで赤子が泣いてしまいそうな顔をした男には言える。


「最初っから、んなもんいねーよ。
お前だっていねえだろうが。あぁ、あの変態は友達に入るのか?」


今、つけてきているだろう男のことだろう。
友達だとこちらは思っているが、あちらがそうとだとは断言できない。
友達ではない何かなのだとすれば、彼は一体何なんだろうか。


十分ほど歩いた頃だろうか、雨足が段々きつくなって来て、
靴の中がぐっしょりと不快感でいっぱい。
辺りは寂れた雑居ビルばかりで、住宅街からは離れている。
ちらほらと見えるラブホテルに、どこに連れて行かれるのだろうと
不安になってくる。

晋助は私服だし、高校生にはあまり見えない。
しかし花は制服だし、ばっちり高校生に見えるだろう。
こんなところで巡回中の警察官にでも出くわしたら、補導されるかもしれない。


「おい、なに勘違いしてんだ。
お前のどこに発情しろと?」


「……」


心を読めるのか、この男。
晋助を睨んでみる、効果なんてなさそうだが。


「着いたぜ、先に入れ」


着いた先はやはり雑居ビルで、入口にはドアなどない。
一階はなく、二階に見える階段が続くだけ。
電気が点いていないので暗く、少しカビ臭い。

階段に片足を乗せると、晋助が傘を閉じる音がした。
止まっていても仕方ないので階段を上ってみると、二階には左右二つの扉があり
階段は三階に続いている。
二階にも電気はあるが点いていないので、暗い。
表札が見えるが名前が書いていないようで、何があるのかわからない。
寂れたアパートのようなビルだ。

「そこ、左の部屋。鍵空いてるから入れ」


ジャケットの滴を払う晋助は花を見ずにそう言うので、
恐る恐るドアノブを回してみる。

晋助は不良だ、もしかしたらここはその人達の溜り場になっている
ところなのかもしれない。
だけど今更逃げ出せないと、ドアノブを握る手に力を込める。


「……え?」


こまで来たらもう、女は度胸だと勢いをつけてドアを開く。
が、そこには思い描いていたものは何もなく、


「入れ、後がつかえてる」


「あ、ごめん。……おじゃまします」


広くはない玄関には男物のブーツが何足かあり、
晋助が学校に履いてきている靴もあった。

端の方で靴を脱ぎ(濡れた靴下も脱いで)、家に上がる。
短い廊下の先にはドアがあり、薄暗い部屋に少しだけ外の明かりが
漏れてきている。

ここで止まっていてはまた何か言われると、廊下を進んでみる。
部屋に続くだろうドアを開けると、リビングが広がっていた。

開けっぱなしの窓から入ってくる風に寒気がしているところ、
この部屋の住人がヒーターをつけ、窓を閉めた。


晋助が電気を点けると、部屋の中がよく見えるようになった。
男一人が悠々眠れるような大きな革張りのソファーに、
花の家よりも大きなテレビ。
奥に見えるドアは多分、トイレと風呂だろう。
キッチンが見当たらないが、電子レンジがあるので、不健康な
食生活を送っているのだとわかる。


「何にもないね」


「寝るだけだし、テレビがあんじゃねーか」


整理されているというよりは何もない部屋。
寝るのは多分、そこに見えるソファなのだろう。


立っていても何も始まらないので、ソファに座ると
晋助は隅っこにある小さな冷蔵庫を開ける。
そこからミネラルウォーターを二本取り出し、花に一本投げた。

温かいものがいいと言えば、レンジでペットボトルは温められないと言う。
そういうことを言ってるんじゃないと言えば、無視されてテレビの電源をつけた。

大きなソファなので晋助が座っても、二人の間には距離がある。
テレビ鑑賞を始めた晋助は花などいないかのように、
自分の時間を過ごしている。

煙草を吸うのかと思ったが吸わないし、この部屋は煙草臭くない。
ここでは吸わないようにしているのだろうか。


「しかしどうしてもこう、銀時につけられるんだ?
あいつはストーカーか何かか」


「……え?」


耳に、このドラマで大ブレイクした俳優の声が入ってくる。
晋助が水を飲む姿を呆けた顔で見ていると、呆れた様子で溜息をつかれた。


「また、勘違いかぁ?」


そう言えばと思い出す。
総悟と放課後を過ごしたあの日も、銀時は……。










夕暮れ、銀色の髪は赤に映える。
白夜叉と恐れられるこの男は、とても優しいただの男だ。


「花、なぁ花?」


穂波を泳ぐ赤とんぼは、見ていて飽きない。
最近眠たくてしょうがないのは、涼しくなってきたからだろう。
体が前よりも動かなくなってしまったのは、冬眠の準備でもしているのだろう。


「名前なんだっけか、あの赤い花、冬に咲くやつ。
今年はじーさんが綺麗に咲くって言ってて、だから」





続きは、何と言ったか。
忘れてしまったのはきっと、記憶していてはいけないから。







「花、共に――」





愛し君に全ての感情を捧げると、あなたは言いました。

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