□第七話
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赤い糸というものがあるらしい。



それが、欲しかった。
指から流れた赤い糸に満足し、繋がったと思ったら
心臓が止まった。








寒さは強さを増し、どんどん体を凍らせていく。
あかぎれだらけの手が、手袋に引っかかって痛い。

最近、よく夢を見るようになったと花は
溜息をついた。
夢を見れば、とても嫌な気持ちになる。
目が覚めた時の倦怠感は、体験したことがない程だ。


「また、あの夢……」


ベッドの中、まだ外は暗い。
こんなに寒いというのに、額には玉のような汗。

あの夢。

どんな夢なのか思い出せないが、同じ夢を見ていることはわかる。
それがどんな夢なのか、誰を夢見ているのかどうしても思い出せない。


カラスがかーと鳴くと、小指が痛んだ。






授業中 教室

最近、遅刻常習犯であり、学校にいることが珍しかったあの晋助が、
まじめに朝から登校してくるようになった。

朝は総悟と登校している花だが、下校は晋助と。
総悟も何故かそれには了承している様で、何も言わない。



数学の難しい授業中にうーんと唸っていると、振り向いた晋助と視線がぶつかる。
高校生には見えない男が、一限目の数学の授業をきちんと受けている風景は
中々に面白い。
それが伝わってしまったのか、あの眼光鋭い片目で睨まれてしまって冷や汗。
あの片目には慣れないものだ。





「花ちゃん」


「あ」


それは、英語の授業中のことだった。
職員室に忘れ物をした教師が花にそれを取ってこいと
命じたので、断る理由もなく職員室に向かっていた。

暖房の効いていない廊下は寒いが、教室は効きすぎているので
気持ち悪く、廊下に出るとスッと気が晴れる。

角を曲がって階段を上ろうとした時、銀時が階段に座り
壁に背を預けていた。

虚ろな瞳で彼女を見上げる男は、唇から血が滲んでいる。


「口……どうしたの、血が出てるよ」


風が吹き通り、ひゅーと不気味な音が響く。
節電強化された誰もいないここは薄暗く、不安を掻き立てられる。


「……わかんね。あ、血の味する」


赤い舌がぺろりと唇を舐めると、くすりと笑う。
口は笑っているのに、目はそのまま、窪んだ瞼に影が落ちている。


「最近、よくない夢ばっかり見て、寝てねぇからだるい」


「夢?」


それなら自分にも覚えがある。
どんな夢かはわからないが、とてもよくない夢だ。
目が覚めた時の、小指の痛み。


無意識に小指を触っていると、銀時も同じ動作をしていて
少し驚く。


「小指、どうしたの」


つい、そう聞いてしまう。


「小指、欲しくて」


そう言うと銀時は、冷たい壁に頭をこつんと当て目を閉じる。
それきり、彼が口を開くことはなかった。










放課後 帰り道


晋助が急用が出来たとかで、一緒に帰れないらしい。
総悟もまた部活に呼ばれているとかで、一人で帰ることになった。

一人はあんなに寂しかったけれど、こう四六時中人が傍にいると、
たまには一人もいいものだと感じる。

空を見れば、晴れ渡る冬空が広がっている。
風は冷たいけれどよく陽が出ているので、そんなに寒くはない。

どこかにより道でもしてみようかと、駅前をうろうろしていると、
噴水前のベンチに座る見知った男を発見する。銀時だ。


銀時。
何故か、花をつける。
しかしそれ以外何もしない。
総悟のようなこともしない。


追われている時はとても気分が悪かったが、
あのような元気のない姿を見ていると、何故だか構いたくなってしまう。

俯き、小指を撫でている。
小指が、痛いのだろうか。

自分の小指を見てみる、何もない。
しかし、夢を見た後の小指はとても痛い。
まるで、切られてしまったような、そんな痛み。


「今日は暖かいけど、噴水の傍は寒くない?」


思い切って、声をかけてみる。
俯いたままの銀時はうんと頷くと、確かになと呟いた。


「でも、寒い方が頭が冴えるし、眠くなんねーから」


「眠りたくないの?」


隣に腰掛ける。
すぐ後ろに噴水があるので、やはり寒い。


「夢見るし。眠いけど、寝たらまたあの夢見ちまう」


くしゃりと髪を掴む彼の横顔は、かなり思いつめたものだ。
青白い顔に、目の下にはっきりと出来た隈。
まるで病人だ。


「どんな夢?」


俯いていた銀時はそこで顔を上げると、こちらを振り向き


「赤い糸の、小指の夢」


人が行き交う駅前、雑音がぴたりと止んだ気がした。



愛し君に全ての感情を捧げると、あなたは言いました。

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