□第三話
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夢か現実か決めるのは己だと、そう言った男は
無残にも砕け散った。
ビスクドールのように、つくられた存在のように美しかった
彼がいなくなった時、あぁ夢だったのかもしれないと、
そう感じた。

胸にぽっかりと空いてしまった穴を埋めようとしても、
詰め物はすぐに剥がれてしまう。


総悟は嬉しそうに笑うけど、憎くて堪らない。
だけど総悟と同じ手は使わない。
あの、刃物を握った男の顔はまるで怪物だった。
瞳孔が開いた瞳、にたにたした口から垂れる濁った唾液は、
血が混ざっているのか少し赤い。
最早知らない男になり下がった男は、姉さんと甘えた声を出した。









好きなものは何かと尋ねられ時、花は困ってしまう。
好きなタイプとか食べ物、そんなこと聞かれても答えようがない。

好きな色はそうだな、夕暮れのあの複雑な色が好きだ。
夕暮れの色といっても、日によってその色は様々。


「へぇ、じゃああんた何かい?
自分がそんな状況下にいても、この空を楽しめるって?」


銀髪が赤く染まる中男は、はー、と溜息をつく。


「だって、しょうがないじゃない。
それしか楽しみないんだもん」


あなた、いつも見ているだけだったじゃない。
そうやって物欲しそうに、指しゃぶって見ているだけだったじゃない。







放課後

総悟と帰る日常に変わりない。
それを別に嫌と感じないし、彼の他に一緒に帰ってくれる人なんて
いないので帰っているだけ。
一緒に帰って楽しいとも、ありがたいとも感じない。
何も感じない、どうしてだろう。
あの日総悟が言ったせりふがどうしても気になって、他に頭が回らないから
だろうと結論付ける。


姉さん。


確かに、総悟はそう言った。
あの、花を見る目。
瞳に潜むその感情が恐ろしく、目を見ていられない。



「でさー、土方が飯にマヨネーズかけて……聞いてんの?」

ハッと隣を見れば、疑うように細められた目。
この目は苦手だ、吐き気がする。

「聞いてるよ。でも私、Z組の人達に詳しくなくて。
話についていけないよ」


帰り道、今までの穴を埋めるかのように話し続ける総悟の話は、
家に帰るまで永遠と続く。
彼の話を最後まで聞かないと、総悟は途端に機嫌を悪くする。
憎々しく歯をぎりりと鳴らし、恨み辛みを言う。

今回もそうならないように、何とか言い訳してみたのだけど。
うまくいくかは総悟の気分しだい。


「…………ま。それもそっか。
土方の話なんかしても、良い気分にはならねーしねィ」


大きく間を取る時は、油断ならない。
ここからの帰り道はこれからのためにも、一語一句に耳を傾けなければならないだろう。








遠いところから、名前を呼ぶ声が聞こえる。
喉が潰れてしまう程に叫ぶので、もうやめてしまえばいいのにと
言うと、それは出来ないと泣く。
遠いところから聞こえる叫びに空を見上げると、夕陽が見下す。

慣れてしまった日常に、空しさだけが心を埋めていく。
もういいんだと、諦めてしまえばいいと言えば、
遠いところから抱きしめられた。



「お前は、俺のものだ。
誰にも渡してやるものか」


嬉しさに泣くも、いない存在に落ちた涙は
空しく地を濡らすだけだった。

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