□第四話
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日に日におかしくなっていく男の接し方マニュアル

@刺激しない ※最重要!!!
A目を見て話す
Bにこにこと笑顔で






ノートの端に書いた落書きに、おかしくなっているのは
自分ではないのかと、消しゴムで消す。

いつからか出来てしまったクラスメイトとの分厚い壁を睨み、
そして壁の向こうの楽しそうな声に熱いものがこみ上げる。


どうしてこうなったとか、そんなこと考えても
何も変わらないけれど、この現状は花とって
いいものではないから。

さっきから鳴りっぱなしの携帯電話のバイブレーションを
サイレントに変え、視線の端に見える黒髪を見ないようにした。






ぽたりぽたりと落ちていく、まるで血のように赤い花。
首が落ちていくみたいで不吉だからと嫌っていた男はしかし、
女が綺麗だと言えば次の日には庭中にその花を植える。

女は嬉しいと感想を述べると、男は満面の笑みを隠そうともしない。
男は女が好きで好きで大好きで、いっそこのまま閉じ込めてしまえばいいと
思いつく。
しかしそうすれば、愛する姉は笑顔をなくすかもしれない。
いなくなった婚約者のせいで、体を壊した姉。
このまま寝たきりならば、このまま傍にいてくれるならば。


「今このままでも、二人っきりだ」


えへへと、幼子のように笑う男の声を、襖の向こうで
女は憎しみに歪んだ顔して聞いていた。









冬が近づくといつも、毎晩のように見る夢がある。
赤い花に、寂の臭い。
真赤な液体の中に沈む男は、どこかで見たことがある。

起きた時には寒いというのに大量に汗をかき、
小刻みに震える手。


「また……」


しかしこれは夢の一部で、長く続いている。
夢に出てくる人は決まっていて、近くにいるのに
顔がわからない。

真っ黒に塗りつぶされているとか、モザイクがかかっているとか
そんなのではない。
夢の中で見た顔は、起きると忘れてしまう。
夢の中で何度も見た顔、声、におい。
まるで現実のように繰り広げられる非現実に、頭を悩ます。

夢か現実かを決めるのは己だとすれば、クラスメイトに無視される
現実を夢にしてしまえばいいじゃないか。
でもそれじゃあ……
血だらけの生臭い非現実も、現実にはしたくない。


「わがままだな、私」


くしゃりと掴んだ髪が抜け、白いシーツに落ちた。







家から出れば待つ男の姿は、さながらストーカーだ。
総悟はいつもの時間に家を出た花に気を良くし、
にこにこ顔になる。
寒いはずなのに寒さを感じないのか、しかし手を繋げば伝わる
凍えるような冷たさに手を離す。


「いつから待ってたの」


「ずっと、前から」


離した手を握られ、通学路を歩く。
冷たさの中にある激情は、気づきたくないものだ。
気づきたくなくても教えてくれるこの男から逃れる術を
どうか教えてくださいと、眩しすぎてその姿を見させてくれない
太陽に希った。



Z組は校舎自体が、他のクラスとは違う。
木造の旧校舎にあるので、校門をくぐればそこでお別れできるのだが、
総悟は紳士のように昇降口までエスコートしてくれる。
願ってもいないその行為は、彼に好意を寄せる少女たちを刺激する。


最近、思うことがあると、落書きされた上靴を履き、
重い体を引きずりながら教室に向かう。
ひそひそとこちらをチラチラ見ながら噂話に勤しむ同級生を
見ないようにし、突然現れ、親しげに接してくる男を思う。

彼は、総悟はもしかして花をいじめている首謀者なんではないかと。
花を一人ぼっちにするために、押し掛け女房のように足しげく
彼女のもとへ通っているのでは?

なんて、考えすぎか。
ざわざわ煩い教室が花が入るとぴたりと静まる。
いつもいがみ合っているくせにこんなところでは息が合うんだと、
静かに席に着く。
どうせこんなものだ、不登校なんかになってやるものか。
お前達なんか信じてやるものか。
睨みつけたい衝動をどうにか堪え、携帯電話を確認する。

さっき別れたばかりだというのに、総悟からのメールが受信されている。
読む前に消し、電源を落として机に突っ伏した。

誰もかれも信じてやるものか、私が信じるのはあの人……――
……あの人って、誰?

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