□第五話
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いきなりの一人暮らしは不安よりも、期待の方が大きい。



花の両親が小旅行に言ってくると彼女に告げたのは、
一週間前のことだった。
結婚記念日に旅行とはなんとまあ仲の良いご夫婦と、
笑顔で見送ったのが今日。

リビングのソファでゴルフクラブを磨いている父も、
キッチンで夕飯の支度をする母の姿も今日はない。

コンビニで買ってきたおにぎりを頬張りながら、
携帯電話を覗く。
そこでやっと、電源オフにしていたと気づいた。
あぁ、静かな日だと思ったんだ。


窓の外を見れば夕日が沈みかけていて、カーテンを閉める。
カーテンの向こうにある人影に、無意識に見えていない振りをした。







ピンポーン



ピンポーン 




早寝早起き、正しい生活をしてとの母の言葉を守り、
十一時には床に就いた。
家中に響くインターホンの音に目を覚まし、こんな時間に
誰だと目覚まし時計を見て驚く。
只今の時刻、午前二時。


ピンポーンピンポーン


鳴り続く不快な音に、苛立ちよりも恐怖が勝る。
ベッドのすぐ側にある窓のカーテンを、外にいる人物には
見えないように体を起こし、少しだけ開ける。

彼女の部屋は二階、上から見下ろすならば、相手からは見えないだろうしかし。



「あっ」



思わず、声が出た。



通りの街灯が消えていく、月すらも雲間に隠れる。
雪が赤い花に落ちると、見上げる男は白い歯を見せ笑う。



「こんばんは、言い夢見れた?」


栗色の髪がやけにはっきり見えた。








ぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーん



「あれぇ、おかしいなぁ。
おかしいんだよなぁ、ケータイ通じなくって、
家にちゃんといるのかねィ、心配になっちまうだって
花の周りを潰しても殺しても飛び交う虫があ、
もしかして家に誰かいる?だとしたら許さねえぜィ?今までどんだけ許してきたと……」


窓はきっちり締めている、彼がいるのは地上。
なのに、まるで耳元で囁かれている様で、ぎゅっと耳をふさぐ。
真っ暗な部屋の中ぴかぴか光る携帯電話のライト。
受信され続けるメール、送信者は沖田総悟。

凍えるような寒さの中に宿る炎が、ここまで迫ってくる。
焼けそうになる背中をどうにか堪え、夜が明けるのを待つも、
太陽を隠されたように続く長い時を、インターホンを押し続ける
男と過ごす。


「も、もう帰ってよ!」


叫ぶ、あらん限りの力を振り絞って叫ぶ。
瞬間、消えていた街灯がぱちりぱちりと点き、月が顔を出す。
冷え切っていた空気に、温かいものが流れ息ができる。

ホッと、息を吐く。目覚まし時計の針の動く音、
カチカチという音がやけに耳に響く。
寒いはずなのに頬に汗が流れ、訳も分からず口元が綻ぶ。


「ふ、ふふ……あはは」


「あー、なんか楽しそう」


「……え?」


両親は、結婚記念日の小旅行中。
三人家族で、居候人なんていない。
部屋には、部屋には私しかいない。


やっと出て来た月が雲隠れ、部屋に入ってくる
光なんて微塵もない。
暗闇に支配されたそこには、真っ黒に塗りつぶされた影。


「あんたの為にあんたの為に全部全部全部!!
それでも足りないって?おかしいのは俺じゃなくて、」


ぎぃと使い古したベッドが鳴る。
足元に見える、自分とは違う影、影が口を開き、
恨み辛みを言う。


「あんた、おかしい。弟が姉に恋しておかしいって思ってるんだろィ?」



ぎしりぎしり


四つん這いになった影は上へ上へとやってくる。
私は何もできずに震えて、まるで食べられるの待つだけの小動物の様。


耳元までやってきた男は、吐息混じりの声で恐ろしいことを言う。
そんなことはないと、違うと叫ぶが違わないと男は恐ろしく綺麗な顔で言う。
はぁはぁと、生ぬるい息が耳にかかって不快だ。
こんな不快な思いはしたくないと、首を振る。


「あんたも同類でィ、なぁ、姉さん」












重い瞼を持ち上げると、そこは見慣れた天井。
日の光が差し込み、ほんのりと温かい。


「なんだ、夢か」



夜をそこで過ごした男が、見えない太陽を見上げていた。

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