□第六話
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「なんで!どうしてだ!
俺が嫌いならどうしてこんな……っ」


今は、朝だ。
太陽が昇っていったのをよく覚えている。
じゃあどうしてこんなに赤いのかと、重すぎる腕を上げて
目に触れる。


「……あぁ」


どうして空が夕焼けのように真っ赤なのか理解し、
腕を下ろす。
頭がおかしくなってしまったのか、さっきから
叫び続ける弟を見上げ、笑う。

どうして嫌いなんて決め付けるの、そんなことない。
お前はいつも決め付けてばかり、妄想癖、ネガティブシンキング。
大事な人を閉じ込めて、挙句には殺してしまった。

お前が憎いよ、だけれど嫌いじゃない。
だって、私たちは家族じゃない。
兄さんと私と、お前。
三人だけの家族じゃないか。


青空を真っ赤に染める血の匂いは、
鼻を麻痺させる。
抱きしめる腕の強さもよくわからなくなってきた頃、
兄さんの、大好きな人の声が聞こえた気がした。









「総悟、お前またこんなところで寝そべって。
掃除が進まないとみんな嘆いているよ」


よく陽が当たる、中庭回廊。
そこで寝そべる我が弟を足蹴りすると、ぼんやりとした
様子で起き上がる総悟。
兄さんが先日私達に新調してくれた着物をさっそく着ているが、
せっかくの綺麗な着物が皺になっている。
そんなことお構いなしにふぁ〜と大きく口を開けて欠伸をすると、
ぽりぽりと頭をかく、マイペースに生きる弟にこちらは大きくため息。

女中達が雑巾片手に柱の影から見ているのにも気がついているはずなのに、
まったくどうしてこうも、自分勝手な生き物に成長したものか……。


「姉さん、俺ァ眠たかったらいつでも眠るよ。
家は金持ち、働かなくても生きていける。
だったら、こうして昼寝に精を出してもいいじゃねーかィ」


やれやれと首を振る弟に言いたいことは山のようにあるのだがその時、
女中達が玄関に行ってしまったのを見て、確信する。
あぁ、兄さんが帰ってきたのだ。

髪は乱れていないか、鏡がないので気になるところだが。
大丈夫、今日はまだお転婆なことはしていない。
それに、兄さんに買ってもらった紅を先程差したばかり。
着物だって兄さんの好きな色と柄、簪だってあの人好み。
着せ替え人形のようだと笑いたければ笑えばいい、
それでもいいと思ってしまうほど私はあの人に−−。


と、そこで見上げる視線に気づき、私を見ている総悟を軽く睨む。


「言いたいことがあるなら言ってご覧よ、穀潰し」


そこで正座した弟はにっこりと微笑むと、


「言いたいことなどありませんよ、姉上。
所詮私は、姉上のおっしゃる通りの穀潰しですから」


「食えない奴……」


「食ってくださるのなら、それはそれで結構。
大変光栄なことですよ、愛しい姉さん」


と、総悟の顔が陽に照らされる。
今、馬鹿弟はどんな顔をしているのだろうと、
紅のついた唇に触れ、想像する。

きっと、あの嘘っぱちの笑顔の面を貼り付けているに違いない。



「花、総悟。今帰った」


「兄さん、お帰りなさい!
疲れた?」


脱いだ軍服の上着を玄関で女中に預けたのだろう、
後ろに控えていた女中からそれをひったくり、
ホコリ一つ付いていないのにささっと払う。

綺麗な黒髪は見る角度、光によって紫色にも見える。
とても綺麗な、昼に生きる夜の住人。
陽が眩しいのか細められた目は、いつもより優しく感じた。


「あぁ、我が弟は助けにはなってくれないようだからな」

ふぅと息を吐き、正座している総悟に笑う。

「ははは、穀潰しなものですみませんねィ兄さん」


よっこらっせとたちあがった総悟は私が呼び止めても見向きもせず、
回廊を歩いて行ってしまう。
その姿が見えなくなってしまい、全くもうを頬を膨らませると、
兄さんがくつくつと独特な笑い声を零した。


「総悟は少し、甘やかし過ぎたみたいだな。
だが、次男という立場が窮屈なのだろう、
察しておやり」


「兄さん……あ、」


ふわりと、とても優しい手つきで髪に触れられ、
顔が赤くなるのがわかる。
あぁ、どうしてこんなにも愛おしいのだろう。
想ってはいけない人に対する想い、それは日に日に大きくなってしまう。

想い人の手が頬に触れ、そのまどろみの中にいるような
心地よさに目を瞑る。


「あぁ、俺の好きな色に柄に、簪だな。
それにその紅、お前はよっぽどお兄様が好きと見える」


「もう、兄さんったら」


目を閉じたまま、その声に聞き入る。
目を開ければ素晴らしい世界はそこには待っていて、
兄妹でも結婚できる、そんな世界が……。





「あ……」


目を開けると、そこには見慣れた天井が広がっていた。
まだ部屋の中は暗く、夜が明けていないのだと理解する。


また今日が始まるのだと、憂鬱でため息を一つ零した。


「そういえばお母さんたちは旅行中か……」


なんだかとてもいい夢を見ていたようで、目が覚めてしまったことに
少しがっかりする。
夢の中の彼女は自信に満ち溢れていて、誰からも愛されているようだった。
今、ここにいる、現実にいる自分とは正反対で悲しくなる。

夢の中の私は、私は……


「あ……」


部屋に、一筋の光が差す。
どうでもいいこの世界が始まりを告げると、
どうでもいい存在の私は深くため息をついた。








「  」


声になっていなかったかもしれない。
いや、声に出すことなんてかなわないだろう。
まるで、他人事のように首を切られた自分を客観的に見てしまう。
またこれでお話が始まるのだと、幕が降りるのを待つ。


「  」


もう一度名前を呼ぶと、返り血を浴びた男が泣いた。
泣いてばかりだと、兄さんに笑われてしまうよと頭を撫でてやりたいけれど、
この体はもう駄目みたいだ。


銀時は手にすることができなかった木刀を握り締め、
そこに立っているだけ。
わかっている、あなたが私達に干渉できないことくらい。
だから、見守っていることしか、それくらいしかできなかった
ことくらいわかっている。
最初の運命でそういう風に決まってしまったのだから、
次がどうなろうと決まったことは覆らない。

気持ちは最初からわかっていた、みんなの気持ちを最初から、
すべて理解していた。
それでも見ないふりをして生きていたのはあなたが……あれ、なんだっけ。






「……誰?」


声にならずにひゅっと鳴った喉。
それでもその人は振り返り、あの頃の優しい笑顔を見せてくれた。

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