その他文
□磊落
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彼女は物静かで優雅で可愛くて、教室の隅にいて何故か私の視界に入るような子だった。
「ちょっとあかねー!あんた私の話聞いてる?」
「え、あ、うん聞いてる聞いてる」
「でさぁ、元カレがより戻そうとか言うの。は?って感じじゃん」
「…、そうだね」
『巴マミ』
可愛い苗字だ、と思った覚えがある。あとはプリントを回すときに会話を交わしたぐらいだろうか。
それくらいしか接点のない彼女が、何故かいつも視界に入ってしまうのには自分自身気づいていた。
友人とこうして話しているときも隅には彼女が視界に入っていて話に集中できない。どうしてだろう、なんでだろうか。
巴さんは今数人のお友達に囲まれにこにこ笑っている。
柔らかな笑顔。涼し気な笑顔。どこか、抜け落ちた笑顔。
爆笑なんてしない。危うい気配。
彼女はどうも、気になってしまう。
「…あんた、また巴マミ見てるでしょ」
そのまま見ていれば先ほどまで「元カレがー」と話していた友人が不機嫌そうに言う。
さすがにガン見しすぎたか、慌てて視線を戻す。
「ごめんごめん」
「いいけど。…私、あの子ってあんま好きじゃないわ」
「なんで?」
友人は不愉快そうな顔をして言う。
「なんか、大人ぶってない?」
「そう?」
「ほら、お上品に笑っちゃって。やだわ、私あーいうお嬢様タイプと相容れない」
「…」
はん、と鼻を鳴らし人睨みする友人。
大人ぶってる。お上品。お嬢様。…確かに、そんな感じがする。分からなくもない。
友人は基本男勝りでさばさばしていて、それでいて下品なネタが好きな人柄だ。お嬢様タイプと似合わないのは傍から見て分かる。
おとなしくて、可愛くて、静かで、口元に笑みを浮かべて。
友達に囲まれる彼女の姿。
…だけど違うんだ。友人が言う「気に食わない」という感情ではない、私が彼女を気にしてしまう理由はそれではない。
むしろもっと、好意的なモノのような気もする。
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それを理解したのは、ある日のこと。
「巴マミ、行方不明だってね」
友人の嫌に面白そうな声音で私はその事実を初めて知った。
「そうなの?」
「うん。らしいよ」
「ご機嫌だね」
「ご機嫌ってわけじゃないけど、優等生の突然の行方不明報道。面白いじゃん」
わくわくしたかの言い方に不謹慎だなぁと思いつつ私も笑う。
そこまで深刻に考えていなかったのだ。
彼女がいなくなったことに対し、家出か何かだろうと思っていたのだ。
いずれ姿も見せるだろう、そんな風に考えていた私の思考はすぐに打ち砕かれることになる。
巴マミ、死亡説。
そんな話がすぐさま流れ始め、お葬式が開かれるまで時間はかからなかった。
死体のない、お葬式。異様だ、少なくとも女子高生で人生経験の少ない私はそれを異様と感じた。
巴さんはほんとに死んだのだろうか。ただの家出かと思ったのに。
死んだのなら死体はどこにいったのだろうか。どうやって死んだのだろうか。事故なのか殺人なのか、どうなのか。
ぼんやりとする頭で考えながら葬式の帰り一人で歩いているとふいに教室で見た巴さんの笑顔を思い出した。
口元に綺麗な笑み、オーバーリアクションもなくただただ微笑む姿はお上品で美しい。そんなひとこま。
でも彼女は何かが違った。死体のないお葬式のような異様さが彼女にはあった。おかしかったんだ、何かが。
何が、と言われれば分からないけどそれでも今日のお葬式のような違和感があったのだ。
、…死体のない、お葬式。
「…あ」
その言葉でなんとなく理解した。巴さんのあの、違和感。
はっきりとしたあやふやのあれは、そう。まさにその言葉通り。
彼女は空洞だった。
それがどういう意味を為すのか私自身も分からないが何故かはっきりと必然的にそう思った。
だけど確かに彼女は何かを諦め何かを悟っていたのだと、今はっきりと理解した。
「…巴さん、」
ねぇ巴さん。私、あなたとお友達になりたかったんだと思う。
可愛くて綺麗で儚げで、ずっとあなたが気になってたんだ。
まるで異性に恋するかのように私は巴さんに恋していた。
そう思ってもあるのはきっと後悔。
静かに教室で見た最後の笑顔を胸の中に焼け付け私は帰る。
あぁ、落日。
◎実はそれが愛じゃないってことを私は知っている
(ただただ、恋焦がれ)