春うらら.

□第五十話
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バレンタイン当日。鞄と紙袋を片手に家を出る。この紙袋の中には昨日の夜作ったチョコブラウニーが入っている。それも、結構な量が。
レシピを見ながら作ったはずなのだが分量を間違って大量に作ってしまったので、色んな人に配れるように小分けにラッピングしてたくさん持ってきたのだ。
仁王さんの分はちゃんと包装紙やリボンを使って綺麗にラッピングして鞄の中に忍ばせてある。量も他の人より少し多目だ。
仁王さん、喜んでくれると良いな。いつ渡したら良いんだろ?などと考えつつ、学校に向かっていると後ろから声をかけられた。

「名無しのじゃん。おはよ」
「あ、丸井さん。おはよう」

振り返ると、髪の毛に寝癖をつけた丸井さんがいた。制服のポケットや鞄からラッピングされたチョコレートらしきものやポッキーの箱がちらりと見えている。おそらく道中で女の子から貰ったのだろう。
登校した段階でこんなにもらうのか、すごいな。と感心していると、なぜか丸井さんが顔を近づけて私の服の匂いを嗅ぎ始めた。

「ちょ、なに」
「お前今日なんかすっげー甘い匂してんな」

くんくんと匂いを嗅ぎながらそう言う丸井さんに倣うように私も自分の服の匂いを嗅いでみる。
う〜ん………まぁ、そう言われれば多少チョコレートの匂いがするかもしれない。ブラウニー作った時についたのかな。台所は今朝になってもチョコレートの匂いが充満してたしなぁ。

「うーん…そう?良くわかったね」
「当然だろぃ。んー……この匂いはチョ…ぐえ!」
「何しとるんじゃブンちゃん」

丸井さんが奇声をあげ、のけ反った。どうやら仁王さんが後ろから勢い良く丸井さんのマフラーを引っ張ったらしい。

「な、なんもして、ねぇだろ……く、くるし」
「………」

苦しむ丸井さんを上から睨み付ける仁王さん。マフラーは引っ張ったままだ。
………こわ。何をそんなに怒っているんだ。朝だから不機嫌なのかな?低血圧そうだし。

「も、離せって……!しぬ…!」
「………あの、仁王さん。そろそろ離したほうが……」
「……」

私が声をかけると仁王さんは無言で手を離した。ゲホゲホと咽せる丸井さんを見る目がとても冷たい。

「ゴホ、ゲッホ…。お前殺す気か!」
「ブンちゃんが悪い」
「はぁ?」

つーん、とそっぽを向く仁王さんに「わけわかんねぇ」と言いながらマフラーを巻き直す丸井さん。
朝からじゃれ合うなんて元気だな。と思っていると仁王さんと目があった。

「おはよう仁王さん」
「ん、おはようさん」
「いきなりマフラー引っ張るのはどうかと思うよ」
「手が勝手に動いたナリ」
「………なら仕方ないね」
「おい」

もっとしっかり叱れよ、と怒る丸井さんにアハハと笑い返していると、突然見知らぬ女の子が丸井さんに話し掛けてきた。

「あ、あの!」
「ん?何?」
「これ……受け取ってください!」
「お、サンキュー!ありがとな!」
「……!は、はい!失礼しました!」

丸井さんがニッと笑って受け取ると女の子は嬉しそうに深々と頭を下げて走り去っていった。
さすがバレンタインデー。きっと丸井さんは今日一日中こんな感じでチョコを受け取り続けるに違いない。
女の子の行動をきっかけに周りにいた子たちから「私も今渡そうかな?」「仁王くんもいるし…」「よし、渡しに行こう!」と声が聞こえてきた。
……凄いな。そういえば二人ともテニス部だしイケメンなんだよね。忘れてた。

「……………俺、先に行っとる」
「え、なんで?」
「周りがうっとおしい。……またの、名無しちゃん」
「う、うん…」

近付いてくる女の子たちを避けるようにして足早に学校に向かう仁王さん。
チョコぐらいもらってあげたら良いのに、と思う自分と、仁王さんが誰かのチョコを受け取るのを見ずにすんでホッとしている自分がいて、少しモヤモヤする。
丸井さんに視線を向けると、女の子たちからチョコを受け取るのに大変そうだったので「私も先行ってるね」と声をかけて、仁王さんには追い付かないスピードで自分も学校に向かった。
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