春うらら.

□第五十二話
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放課後。来年度の活動表を提出するために生徒会室に向かう。途中で、ポケットに入れていた携帯が震えたので確認してみると、仁王さんから電話がかかってきていた。少し悩んだが電話には出ず、震える携帯を再びポケットに戻し、歩くスピードを上げた。


仁王さんの腕を振り払った日から、二週間近く経つ。あれ以来仁王さんと話していない。電話もメールも返していないし、何度か校内や登下校中に仁王さんを見かけることがあったが話しかけられる前に姿を消したりして、私から一方的に避けている状態だ。
最初のうちはメールも電話も鬼ように来ていたけれど、今では一日に一度電話が鳴るだけになったし、校内でもほとんど見かけることも無くなった。
幸村さんやハナちゃんは、毎日何か言いたげな視線を向けてくるが、それすらも気付かないふりをしている。
本当はこんなに避けるつもりは無かったのだが、仁王さんにどんな顔して会えばいいのか、何を話せばいいのかわからなくて避け続けた結果、こんなことになってしまった。

「はぁ〜……」

自分の臆病さに嫌気がさす。
こんなに情けない人間だとは思わなかった。自分が何をしたいのか、どうしたいのかさえ、今の私にはわからない。このまま避け続けても意味がないことはわかっている。けれど、怖いのだ。ただただ怖くて、仁王さんを避けている。

「失礼します」
「名無しのか、どうした?」

生徒会室にノックをしてから入ると、中には柳さんがいた。あぁ、そういえば今回の役員選挙にも当選していたな、と思いながら、書類を渡す。

「これ、来年度の活動表です」
「あぁ、持ってきてくれたのか。助かる」
「いえ。……では失礼します」
「……ちょっと待ってくれ」
「?」

ペコリと頭を下げて、踵を返そうとしたら呼び止められた。
なんだろう?と首をかしげていると「休憩しようと思ってたんだ。少し付き合ってくれないか?」と言われ、私が返事をする前に柳さんはポットに向かい、二人分のお茶の用意をし始めた。断れる雰囲気ではなかったので、渋々「わかりました」と返事をして、近くにあったソファに座らせてもらうことにした。

「安物であまり美味くはないが」
「あ、いえ、美味しいです」

柳さんに入れてもらったお茶(緑茶だった)を飲みながら、一体柳さんは何をしたいんだろう。と考える。
私と一緒に休憩するなんて何か理由があるに違いない。………仁王さんのことだろうか?柳さんは何だかんだと仁王さんのこと気にしてたし…。

「察しの通り、仁王のことなんだが…」
「っ、」

湯飲みを持つ手がビクリと揺れる。なぜ考えてることがわかったんだ。と動揺する私を余所に柳さんは話を続ける。

「なぜ、仁王を避けている?」
「……」
「……別に責めているわけではない。ただ、少し気になってな」
「……」

柳さんの口調は淡々としていて、本当にただ好奇心で聞いているだけのように思えた。
………どうして避けてるのか、か。…ただ怖いから、なんて言って信じてもらえるだろうか?
本当に怖いのだ。仁王さんとのあの楽しい毎日が無かったことになりそうで怖いのだ。私が避けていても何も解決しないことはわかっているのだが、どうしても仁王さんと話す勇気がでない。最初は一日だけ時間をおいて落ち着いてから話そうと思っていたのに、気付けば、一日一日と時間をおき過ぎていて、だんだんと会いづらくなってしまった。このまま時間が経てば経つほど良くない方向に進んでいくのはわかっているのに、どうしても怖くて動けない。

「……」
「……」

黙ったままの私を眺めていた柳さんは答えを待つのを諦めたのか、違うことを話し始めた。

「……最近、仁王の体調があまりよくない」
「…え?」
「まともな食事をとっていないようだ。丸井の話だとカロリーメイトやゼリーをたまに食べているらしいが…」
「……」
「出来れば、お前からキチンと食事をするように言ってもらいたかったのだが、今は無理そうだな」
「……すみません」
「いや、気にするな。……引き留めて悪かった」
「いえ。…お茶、ご馳走さまでした」

これ以上一緒にいても私が何も話さないのを柳さんは察してくれたようだったので、ペコリと頭を下げてから生徒会室を出た。
またご飯食べてないのか仁王さん…。大丈夫なのかな…。また部活中に倒れたりしないと良いけど。カロリーメイトなんて食べても簡単な栄養補給しか出来ないのに…。
ぼんやりと、そんなことを考えながら廊下を歩いていると、突然空き教室のドアが開いた。丁度ドアの真横を歩いていたところだったのでビックリして思わず立ち止まる。

「!」
「! 仁王さ、」

ドアを開けたのは仁王さんだった。色白の顔がいつもより青白い気がして、本当に体調悪そうだ、なんて考えていたら一瞬逃げるのが遅れて、あっという間に仁王さんに二の腕を捕まれてしまった。そのままズルズル引っ張って、空き教室に連れこまれて、気がつけば、ガッチリと抱き締められていた。

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