春うらら.

□第五十三話
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腕の中に閉じ込められて、ドアと鍵の閉まる音が聞こえた時、あぁ…もう逃げられないな、と思った。



教室に連れ込まれてから、どれくらい経っただろう。仁王さんは何も喋らず、ぎゅうぎゅうと強く抱き締めてくるだけだ。初めのうちは、逃げ出したい衝動と恥ずかしさで身動ぎしたりして抵抗していたのだが、抵抗すればするほど強く抱き締められるので、今はもう大人しくしている。
心臓ヤバいから離して欲しいな、とか、てっきり避けてたことを怒られると思ってたのに、とか、なんて声をかけたらいいんだ、とか考えていると下校のチャイムが聞こえてきた。
もうそんなに時間が経ったのか…。と思いながら仁王さんの背中を軽く叩いて声をかける。

「に、仁王さん。そろそろ離s「いやじゃ」
「え」
「離したら名無しちゃん逃げる」
「そ、そんなことn「そんなことある!」
「…も、もう逃げないから……ね?」
「……うそ」
「ほ、本当だって」
「ほんま?」
「うん」
「逃げん?」
「うん」
「……」

渋々といった感じでゆっくり離れていく仁王さん。でも、体は離してくれたが代わりに両手を握られてしまってあまり変わっていない気がする。
これはあれか。避けてから信用が無くなって離してもらえないのか。

「あ、あの……手も離してもらえると…」
「いや」
「……」

うん。信用無くなった感じですね。自業自得ですね。
心の中で小さくため息をつきながら、仁王さんの手を見つめる。
…ちょっと腕とか手首とかほっそりした気がする。まさかご飯食べてなくて痩せた?……二週間ぐらいでそんなに痩せないよね。いや、でも顔色も悪かったしな……

「……ちょっと痩せた?」
「……たぶん」
「ご飯食べてなかったの?」
「何食べても美味くないもん」
「……」
「名無しちゃんのご飯は食べれんし、他のご飯も美味くないし」
「……」
「名無しちゃんと前に一緒に食べた焼きいもじゃったら、美味く感じるかもしれんと思って一人で食べに行ったけど、全然美味くなかったし」
「……」
「何にも美味く感じんもん…」

そう言って、ぎゅうっと手を握って泣きそうな顔をする仁王さんに、私まで泣きそうになる。
私が避けたりしなかったら仁王さんにこんな顔させることなかったんだよね…。何やってたんだろう私。軽い気持ちで避けてたわけじゃないけど、自分勝手に怖がったりせず、ちゃんと向き合ってれば良かった。何度も何度も仁王さんは向き合うきっかけをくれてたのに全部無視して……最低だな。……とりあえず避けてたこと、謝ろう。
猛烈な自己嫌悪に襲われつつも、グッと涙を堪えて口を開く。
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