春うらら.

□第五十六話
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「ズルい」
「え?」
「幸村ばっかりズルい」
「…なにが?」

新しいクラスになって、一週間。幸村さんの予言通り今年も席がお隣同士になったので、日直やら先生と使いぱっしりで一緒に行動することが増えた。というか、幸村さんが先生に何か頼まれる度に「じゃぁ、名無しのさんに手伝ってもらいます」とか言って私を巻き添えにしてきていい迷…ごほんごほん。
そんなこんなで今日も幸村さんに雑務を一緒にするように押し付けられたので、クラスまで迎えに来てくれた仁王さんに「ごめん、居残り仕事言い付けられたから今日は一緒に帰れない」と言うと、突然乙女チックが炸裂した。

「………ズルい」
「う、うーん、そう言われても…」
「ズルいズルいズルい!嫌じゃ!俺も名無しちゃんの隣に座りたい!」

わぁん!と顔を覆う仁王さん。嘘泣きだとはわかっているけど、こうも全力で悲しいアピールされると少し罪悪感が沸く。私が悪いわけじゃないけど、なんだか申し訳ないような…。

「ご、ごめんね?」
「……」
「ほんとに偶然隣になっただ……ど、どうした」

突然ガバリと顔を上げたので、思わずビクッと肩が上下してしまった。また乙女チックが炸裂するのか、と身構える。

「……に、仁王さん?」
「日直とか、先生に頼まれたとかでよく二人で歩いてた」
「……う、うん」
「俺も一緒に日直したい」
「………」
「一緒にノート運んだりしたい」
「………」

う、うーーーん。困った。どうしよう。なんだか私が思ってる以上に仁王さんは拗ねてるらしい。日直したいとかノート運びたいとか、すごい微妙なところで拗ねている。

「休み時間に遊びにいってもおらんし」
「スミマセン…」
「何しとるんかと思えば幸村と廊下歩いてるし」
「はぁ…」
「何か二人で楽しそうに喋っとるし」
「いやぁ…そんなことはないかと…」
「幸村ばっかりズルい」
「……」

むにっと唇を尖らせてる仁王さん。お、この顔ちょっと可愛…って、ちがうちがう。今はそんなことよりどうやって機嫌を直してもらうか考えねば…。うーん、どうしたものか。と頭を悩ませていると、仁王さんの背後から雑務に使うプリントの束を持った幸村さんが現れた。

「ちょっと。仁王邪魔だよ」
「……」

チラリと幸村さんに視線を向けるもドアを塞いで通れないようにする仁王さん。そんなことをされれば重い荷物を持っている幸村さんは当然イラつくわけで、イラつきスマイルを浮かべて口を開いた。

「聞こえてたよね?邪魔なんだけど」
「……どかんし」
「は?」

ひぃぃぃ…!幸村さん怖い。今の「は?」怖い。声冷たいよ。あまりの怖さに思わずビクついてしまう。
仁王さんに「ほら、邪魔になってるから動こう?」と声をかけるも頑として動かない。

「なに?なにがしたいわけ?」
「…………」
「いや、あのですね、」
「名無しのさんには聞いてない。黙って」
「ハイ、スミマセン」

怖い。幸村さんちょー怖い。フォローしようと思って口を挟んだら怒られた。ちょー怖い。

「なんなの。邪魔しないで欲しいんだけど。なんなら代わりにお前が雑用やる?」
「……」

ピクリと肩を揺らして幸村さんを見る仁王さん。ケンカしないだろうか、とハラハラしながら見つめていると無言のまま幸村さんの荷物を仁王さんが奪った。

「俺と名無しちゃんでやるから幸村は帰りんしゃい」
「え。ちょ、仁王さ」
「そう、わかった。じゃ、頼んだよ。終わったら古典の山下先生に持って行ってね」
「え」
「了解ナリ」

え?あれ?どうなってんの?なに?え?ケンカしそうだったのになんで突然和やかムードなの?
急な展開についていけず二人をキョロキョロと交互に見ていると、イケメンスマイルを浮かべた幸村さんに「じゃ、あとはよろしくね」と言われてようやく状況を把握した。

「え!幸村さん帰るんですか?!」
「うん」
「いやいやいやいや、ちょっと待って下さいよ」
「なに名無しのさん。俺が居なくなったら寂しい?」
「いや、それはないですけど」
「なら問題ないよね」
「いや、ちょ、」
「じゃ、よろしく」

キラッと輝く笑顔で手を振り、いつの間にか手にしていた鞄を肩にかけて帰って行く幸村さんを呆然と見送る。
ええええぇぇぇ……。自分に押し付けられた雑用私たちに押し付けて帰ったよあの人。ちょっと信じられないんですけど。いや、まぁ、厳密には仁王さんが自ら進んで引き受けてたんだけど。それでもせめて一緒に作業しようよ。その方が早く終わるのに。私別に雑用したかったわけじゃないんだけど。早く帰りたいんだけど。

「えぇぇ…」
「……名無しちゃん」
「本当に帰るし…えぇぇぇ……」
「名無しちゃん」
「ありえない…」
「名無しちゃん!」

ハッとして慌てて振り返る。幸村さんに文句(本人に向かえっては言えない)を呟くのに熱中していて呼ばれているのに気がつかなかった。

「ごめん。ボケッとしt「幸村と残りたかった?」
「え?」
「幸村と残りたかった?」
「………え?」

何を言ってるんだ。思わず仁王さんをガン見したが、なぜか無表情だったので何を考えているのか読めない。仕方ない。なぜそんな考えになるのか理解不能だが、ここは誤解を解いた方が良さそうだ。

「いやいや全然、全く。残りたくなかったよ」
「ほんま?」
「うん」
「…………」

ジッと顔を見つめてくる仁王さん。やましいことは何もないのだが、こうもガン見されると落ち着かない。というか、なぜこんな疑いがかかったのだろうか……あ、アレか。さっきの乙女チックの流れか。うーん、私が思ってるより仁王さんの不満は根深いようだ。だってこんな有り得ない疑いを持ってしまうぐらいなんだし。一体どうしたんだろう……何かあったのかな?
そう考えて仁王さんに視線を向ける。

「仁王さん」
「……なん?」
「どうしたの?」
「………………」

な、なぜ黙る。私の聞き方が良くなかった?何て聞けば良かったんだろう…。ううう、もっと上手く聞けなかったのか自分…!
自分のボキャブラリーの無さに嫌気が差していると、黙りモードだった仁王さんが口を開いた。

「最近…幸村とばっかりおったから……」
「……うん?」
「幸村のこと好きなんかと思って………」

もの凄くションボリした顔の仁王さんが俯きながら話すのを余所に、私は雷に撃たれたぐらいの衝撃を受けていた。
えっ!?私が幸村さんを好き!?ありえなくね!?仁王さんありえなくね!?なぜ!なぜそんな思考回路なんだ!違うよ!よく見て!無理矢理付き合わされてたんだよ!

「ちょちょちょちょ仁王さん!」
「え」
「それ勘違い!」
「え」
「仁王さんすごく勘違いしてるそれ!」
「え」
「私が幸村さんのこと好きになるわけがない!」
「………」
「こんなに虐げられてるのに好きなるわけないから!」
「………」
「え、無言?」
「でも最近幸村とばっかり一緒におったもん」
「あれは仕方なく!」

思わず荒ぶってしまったので息が上がる。ゼーハーゼーハーと肩で息をしながら仁王さんを見ると「じゃぁ、俺のこと好きって言って」と恥ずかしいことを言い出した。

「言ってくれたら信じる」
「えっ!」
「はよ言って」
「え、ちょ、ま」
「言ってくれんの…?」

ショボンと眉を下げる仁王さん。そんな顔を見ていると沸々と罪悪感が湧いてきた。
ううう…恥ずかしいけど仁王さんが変な勘違いしたのも私が幸村さんと雑用ばっかりしてたせいだし…言った方がいいのか?いや、でも恥ずかしいし…いや、でも言って仁王さんの不安が解消されるなら言うべきだよね……。
何かを決意するかのようにゴクリと唾を飲み込んで、口を開く。

「すっ、す、す」
「す?」
「す、好きっ」

言えた!と思ったと同時にカシャッという音が。閉じていた目を開けると笑顔満点の仁王さん携帯を向けていた。

「え?な、なに?」
「可愛かったから」
「え!」
「ケータイの待ち受けにする」
「なんで!?」
「名無しちゃんが可愛かった記念」
「意味がわからない!」

必死に止めさせようとしたが無駄だった。他の人に見られたらどうすると言っても「彼女って自慢する」とか、恥ずかしいから止めようと言っても「俺は恥ずかしくないもん」とか。ほんと恥ずかしいのでやめてもらいたい。私が美少女ならまだしもこんな普通の顔を待ち受けにしても何も楽しくないと思うのだが、なぜ仁王さんはこんなに嬉しそうなのか。……まぁ、いいか。もう何も言うまい…言うだけ無駄だし。

その後、機嫌が戻った仁王さんと幸村さんに押し付けられた雑用に取り掛かった。
プリントを纏めながら仁王さんが「今度から幸村と雑用する時は俺も一緒にする」と言ってきたので、私はプリントをホッチキスで留めながら、雑用しないで二人で買い食いして帰りたいな、と思いつつ「了解しました」と返事をしておいた。

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