春うらら.

□第五十七話
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ゴールデンウィーク真っ只中。今日は「うちんち誰もおらんから晩御飯一緒に食べん?」と誘われたので、仁王さんちに行くことになった。外の方が美味しいものが食べれるんじゃないか、と言ったのだが「名無しちゃんのご飯食べたい」と言われてしまったので、仁王さんちでご飯を作るということに。



「名無しちゃん、鍋ヤバいナリ」
「ん?…ぎゃっ!火弱くして!一番小さく!」
「ほーい」
「あ、あとお味噌とってもらっていい?」
「ほーい」

グツグツと煮立つ鍋の様子を確認しながら、仁王さんの後ろ姿をちらりと盗み見る。少しダボッとしたジーパンにグレーのロンTという至って普通の格好なのに、見慣れない普段着にちょっとドキドキする。
やっぱり制服脱ぐと大人っぽいなぁ。ていうか、普通の格好のはずなのになんで格好良く見えるんだろう。不思議。イケメンだからだろうか?でも制服の時は普通なのになぁ。見慣れてないからか?うーん、仁王さんってこんなに格好良かったっけ…?

「どうしたん?じっと見とるけど」
「えっ」

いつの間にかガン見していたらしい。首をかしげる仁王さんに「な、なんでもない」と言うと「顔、ちょっと赤くなっとる」と指摘されてしまった。

「え。そ、そう?」
「うん。ほっぺ赤い」
「えっと、ゆ、湯気のせいかな、うん」
「ふーん」

不思議そうな顔をする仁王さんの横で、顔に手のひらを当てて冷やす。ついでにこっそり息を吐いて、ゆっくり深呼吸もしておく。
平常心平常心。落ち着け自分。なにをいきなりドキドキしてるんだ。大丈夫。いつもの仁王さんなんだし、なにもドキドキすることはない。大丈夫大丈夫。
しばらくすると落ち着いてきたので、改めて料理に取りかかろうとしたところ「名無しちゃん」と呼び掛けられた。

「なに?」
「ほっぺ」
「?」
「白いのついとる」
「え」
「じっとしとって」

そう言うとタオルで私のほっぺを優しく拭いてくれたので、お礼を言おうと視線を向けたが、思ったより近い距離に、さっき治まったはずの赤面が復活しそうになる。一瞬目が合った仁王さんも少し驚いたような顔をしていた。恥ずかしさで顔を背けながら「自分でやるよ」と言ったがタオルを離してくれない。

「じ、自分で拭くから」
「ダメ」
「ちょ、仁王さ、」
「名無しちゃん、こっち向いて」
「む、むり…」

は、恥ずかしい…!死ぬ…!なんか仁王さん近くない?うう、また顔が熱くなってきた…。
タオルを奪おうとするが、押しても引いてもビクともしない。それにだんだん仁王さんが近づいてくるので私の体はシンクにくっ付いて、もう後ずさりすら出来ない。そんな私の状況などお構いなしに仁王さんは更に近づいてくる。すると、体がシンクと仁王さんにすっぽり挟まれてしまった。シンクに片手をついてグイグイ近付いてくる仁王さんの胸を押しながら口を開く。

「ちょ、仁王さん、せ、せまい…」
「うん。名無しちゃんこっち向いて」
「そ、それはむり…」
「はやく」
「も、ほんと、むり…」

なにこの仁王さん…。もう絶対汚れとれてるよね?無駄に拭き続けないでほしい…恥ずかしさで死にそう。それにさっきからこっち向けって……向けるわけないよ…!今絶対顔近い。しぬ。恥ずかしさで死ぬ。ううう、誰か助けt「家の中でサカるなっつったでしょーが!」

ゴッと凄い音と共に怒声が聞こえた。顔を向けると、後頭部を抑えて悶絶する仁王さんとその後ろに綺麗な女の人が立っていた。突然の出来事に狼狽える。
え、誰?仁王さん大丈夫?凄い音したよ?え、なにがあったの?殴られたの?この女の人だれ?ご家族?え、でも今日誰もいないんじゃ…?
オロオロしながら立ち尽くしていると、女の子がこっちを見た。キリッとした目つきの綺麗な人なのだが、先ほどの怒声を聞いているので思わず恐怖でビクリと肩が上下する。

「久々に帰ってきたら……!あんた何してんの!こんな純朴そうな子に手出して!怯えてんじゃない!」
「ち、ちが…」
「言い訳するな!」
「……」

恐い。この人恐い。凄い剣幕で怒っている。綺麗な人が怒ると恐さがハンパじゃない。恐怖で体が動かない。どうしよう。私も怒られるのだろうか。うん、きっとそうだ。怒られるに違いない。だってさっき「久しぶりに帰ってきたら」って言ってたから、この人は仁王さんちの人だろう。帰ってきて赤の他人が台所にいたらムカつくよね。人んちで何してんだ的な。ヤバい恐いどうしよう。
怯えながら必死に謝罪文を考えていると仁王さんを押しのけて女の人が近付いてきて、ガッと肩を掴まれた。
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