春うらら.

□第五十九話
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最近テニス部の練習が酷いらしい。丸井さんが「幸村くんに殺される」と嘆いていたので大変なんだろうとは思っていたが、部活終わりの仁王さんの顔が死んでいるのを見て、これはヤバいと悟った。
幸村さんに聞いたら「もうすぐ全国大会だからね。三連覇がなんちゃらかんちゃら」と言っていた。最後の大会だから気合いが入っているのだろうか。私はどちらかと言うと、結果にこだわらずのんびり部活をしている人間なので、大会にかける思いや熱意はほとんどない。楽しく将棋が出来ればそれでいいタイプだ。
でも、テニス部は話を聞く限り結果至上主義というか、勝たなければ意味がない、という感じでもの凄く結果にこだわっている。部室に飾ってあるトロフィーがそれを物語っている気がする。そのせいで練習もハードになっているんだろう。
幸村さんは部長だし、真田くんは熱血系だし、柳さんはやるなら徹底的にやり込む系だろうから、結果を求めるのもわかるけど、他の人たちはこの結果至上主義についてこれているのだろうか。まぁ、みんな毎日毎日死んだ顔しながら頑張っているから大丈夫なんだろうけど、あの不真面目な仁王さんが大人しく練習しているのを見ると不思議な感じがする。仁王さんも結果至上主義なのか?
そんなことを少し疑問に思っていたある日の放課後、部活終わりに廊下を歩いていると委員会終わりの柳生くんとすれ違ったのでここぞとばかりにテニスに対する仁王さんについて聞いてみた。

「へぇ〜。そうなんだ」
「えぇ、彼はあぁ見えて勝利には貪欲ですよ。それであのプレースタイルなんでしょう」
「あぁ、コート上のペテン師だっけ?」
「はい」

仁王さんは私にあんまりテニスの話をしたがらない。部員の話はよく聞くけど、練習がどうのこうのとかほとんど言わないのだ。だから、こうして柳生くんから仁王さんのテニス話を聞くとすごく新鮮で面白い。

「それで、この前なんて仁王くんが」
「うんうん」

柳生くんもパートナーだからか仁王さんの面白エピソード(変装する人を間違えたとか)を交えて話してくれるのでついつい話に聞き入っていると、柳生くんの背後から仁王さんが現れた。

「なーにしとるんじゃ柳生」
「おや、仁王くん。練習はどうしたんです?」
「おまんが遅いから様子見に来たんじゃ」
「そうですか。お待たせしてすみません」

あ、そうか。柳生くんまだ練習あったのか。悪いことしちゃったな。自分が部活終わってたから勝手に終わってるもんだと思ってた。最近のテニス部は下校時間ギリギリまで練習してるんだっけ。おかげで、たまにしか仁王さんと帰えれてないんだよね。

「ごめん、柳生くん。付き合わせちゃったね」
「いえ。楽しかったですから」
「私も」
「……彼氏の前で二人の世界作らんでくれんか」

そう言って私と柳生くんの間に割り込んでくる仁王さん。仁王さんの背中に阻まれて柳生くんが見えない。

「仁王くんが怖いので退散します。では、名無しのさん。また」
「あ、うん。またね」
「手なんか振らんでいいし」

くるりと回れ右をしてこっちを向いた仁王さんに手を掴まれる。顔を見ながら、仁王さんは練習戻らなくていいの、と声をかけるとむくれた顔をされた。

「………」
「うわ、なにその顔」
「柳生とは話すのに、俺とはお喋りしてくれんもん」
「えぇぇ…」

いつもお喋りしてるよね…?ていうか一応心配して言ったのに拗ねられるの?ちょっと理不尽な気もしなくもない。

「いや、お喋りしたいよ?でも練習あるでしょ?」
「柳生と何話してたん?」
「……私の話聞いてた?」
「練習は大丈夫」
「…(絶対嘘だ)…」
「で、何話してたん?」
「え、普通に世間話?」
「うそ」
「えー」
「じゃって、名無しちゃんめっちゃ笑顔じゃったもん」
「………」

恥ずかしい…。そんなに笑ってただろうか。仁王さんの話が聞けて、つい顔が緩んだのかもしれない。恥ずかしい。本人に指摘されたから余計恥ずかしい。なんか言いづらいな。

「楽しそうに何話とったん?」
「う。いや、その…な、なんでもない、よ?」
「名無しちゃんが俺に隠し事する!」
「やめて。大声でそんなこと言わないで」
「じゃ、はよ言って」
「……仁王さんの話してたの」
「おれ?」

ちょっと驚いたらしい。目がパチクリしている。そりゃそうか。自分のいないところで勝手に話題に上がってたら驚くだろう。
俺のどんな話してたん?と聞かれたのでテニスについて聞いてたよ、と答えたら微妙な表情をされた。
怒ったのかな?テニスの話題は聞いちゃ駄目だったか。

「ごめん。勝手に聞いて」
「え」
「怒った?」
「いや、怒っとらんよ」
「だって、顔…」
「いや、これは違う。なんちゅーか、その、うん」
「?」
「恥ずかしいから」
「?」

恥ずかしい?なにが?どこが?首を傾げながら見つめると、視線を窓の外に向けながら仁王さんが口を開いた。

「なんちゅーか、こう、頑張っとんのとか見られたり聞かれたりしたらこっぱずかしい」
「…そういうもんなの?」
「試合じゃったらむしろ見て欲しいんじゃけどな。…ちゅーか、あんま名無しちゃんテニスに興味なさそうじゃったのに」
「仁王さんがテニスしてるからちょっと興味出たのかも」

そう言うとなぜか仁王さんは嬉しそうにふにゃっと笑ったので、ちょっとだけキュンとした。

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