春うらら.

□第六十話
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梅雨真っ盛りの6月。雨の日でも体育の授業はあるわけで。グラウンドは連日の雨でビチャビチャだから使えないため、今日は体育館で授業をするらしい。そういえば仁王さんが「雨のせいで最近は部活も筋トレばっかりじゃ」ってボヤいてたっけ。運動部の人たちからすれば雨は嫌いだろうな、と思いつつ、更衣室で体操服に着替えていたら、バタバタと一人の女の子が駆け込んで来た。

「男子も体育館でやるんだって!」

言い終わると同時に、やったー!と歓声が上がった。キャーキャー騒ぐ女の子たちに首をかしげる。なぜ男子と一緒で嬉しいんだろう。別に一緒の競技をするわけじゃないだろうに。

「名無しちゃん、今なんでみんなが喜んでるかわかってないでしょ」
「え」

なぜわかった。もしやエスパーか、と隣にいるハナちゃんに顔を向けたら呆れた表情をされた。ちょっと傷つく。呆れられるようなことしたっけ?

「うちのクラスと隣のクラスにいる有名人は誰でしょうか」
「有名人?そんなのい、…あ」

テニス部か!そういえば彼らは人気者だった。毎日接しているから忘れがちだけど。んー、でも、うちのクラスは毎日幸村さんと丸井さん見てるわけだし、隣のクラスも毎日仁王さん見てるわけだから、今更そんなに喜ぶようなことかなぁ?ハナちゃんに聞くと「うちのクラスの子は仁王くんが見れてハッピー、隣のクラスは幸村くんと丸井くんが見れてハッピー」と返ってきた。そういうものなのだろうか。やっぱりよくわからない。再び首をかしげると「名無しちゃんは仁王くんが彼氏なわけだし、体育が一緒でも嬉しくないか」と言われたので「そういうわけじゃない!」と慌てて否定したら「この彼氏持ちが!」と言いながら、わき腹をくすぐられて死ぬかと思った(「あはははは!やめてハナちゃん!しぬあはははは!」「ふははは!独り身の辛さを思い知れ!」)。








体操服に着替え終えて体育館に向かうと、男子はバスケ、女子はバレーと別れて授業を受けていたはずが、女子が一斉にストライキした。仁王さんと丸井さんの対戦を見るためだ。先生は何も言わない。それどころが自分から進んで審判を引き受けていた。教師なのにいいのかそれで。
コートの周りに群がる女の子たち。各々、仁王くん頑張ってー!とか丸井くん頑張ってー!と声援を送っている。そんな彼女たちを少し後ろで呆然と眺めていたら「すごいねー」とハナちゃんがのんきに隣に並んだ。

「名無しちゃんは応援しないの?」
「おうえん…」

正直なところ、付き合ってから初めてこんなに仁王さんが女の子に人気があると実感しているので、物凄くこの場に居たくない。居たたまれない気持ちとモヤモヤした気持ちが融合してビミョーな気分だ。モヤモヤしてる気持ちが特に良くない。女の子にキャーキャー言われる仁王さんを見たくないと思ってしまう。なんだろうこの気持ち。良くない気がする。モヤモヤする。
そんな私の気持ちなど知るはずもないハナちゃんにグイグイと腕を引っ張られてコートの前へ。コート内では白熱した試合が行われていた。キュッキュッと擦れるシューズの音と、ダンダンと響くドリブル音。周りの歓声などお構いなしに真剣に試合をしているのだろう、二人とも目が本気だ。その様子に息を飲んでいるとバチッと仁王さんと目が合った。

「!」

ドッドッドッと心臓が激しく動く。隣のハナちゃんに聞こえるんじゃないかと思うほど心臓がうるさい。目が反らせない。二、三秒で仁王さんからの視線は離れたが私の目は仁王さんを追う。ドリブルする時の腕とか、シュートする時の目つきとか、汗を拭う仕草とか。なぜか動作の一つ一つが格好良く見えて胸が苦しい。激しく動く心臓を落ち着かせようと胸に手を当てていると、もう一度仁王さんと目が合った。何か言いたげな表情だ。

「仁王くん、こっち見てるよ。応援して欲しいんじゃない?」
「う、うん…」

お、応援…。こんな状況で応援なんて出来るだろうか。心臓は未だにドキドキしてるし、周りの女の子たちの目もある。声が震えそうだ。パクパクと口を少し動かしたあと、小さい声で「頑張って」と呟いた。恐らく聞こえないだろうな、と思っていたが仁王さんがこっちを向いて、嬉しそうに笑った。

「きゃー!今仁王くん笑った!」
「格好良いんだけど!なんで笑ったの?!」

今日一番の歓声が遠くに聞こえるくらい、さっきの仁王さんの顔が離れない。また激しく心臓が鳴り始めた。仁王さんがカッコ良すぎでドキドキするのと、キャーキャー言われ過ぎてモヤモヤするので少し泣きそうになった。

授業が終わってから、笑顔で近寄る仁王さんに「どうじゃった?」と聞かれたので「格好良くてムカついた」と言いながらお腹に軽くパンチしたら、へらへら笑いながら「応援してくれて嬉しかった」と言われて、胸のモヤモヤが少し消えたので、我ながら単純な性格だと思いつつ、へらりと笑い返した。

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