春うらら.

□第六十二話
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「ごめん、今日も一緒に帰れん…」
「あ、うん。わかった。…えと、練習頑張ってね」

へらりと笑顔を作って言うと、仁王さんはなんだか複雑そうな顔でうんと頷いて背をむけた。後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、自分も帰り支度を始める。
もうすぐ全国大会ということで、テニス部は下校時間を大幅に遅らせて夜遅くまで練習に励んでいる。他の生徒は通常の下校時間なので仁王さんを待っていることも出来なくて、ここ最近全く一緒に下校していない。 メールのやり取りも減ったし、電話も寝る前におやすみというだけの短いもの。まぁ、お昼休みなどで会っているから会話が無いとかそういうことはないのだけれど、やっぱり寂しいなと思ってしまう今日この頃。

「名無しちゃーん…って、暗!」
「え?」

大丈夫?とハナちゃんに心配されて首をかしげる。何か心配になるところがあっただろうか。

「なんかおかしかった?」
「いや、ほら、顔が…」
「ブサイクってか」
「違う!暗いんだよ!表情が!」
「え」

そうかな?と頬に手を当てたら、そうだよと深く頷かれた。……うーん、寂しいのが表に出てしまっていたのだろうか。ちょっと一緒に帰れないくらいで顔に出るとか仁王さんに依存してしまっているみたいですごく情けない。

「なんかあったの?」
「いや、ちょっと、うん」
「?」
「最近あんまり仁王さんといれなくて寂しいなぁ…的な、ね?」
「…………」
「………」
「………」
「…ごめん、キモかっt」
「名無しちゃんってば可愛いー!」
「ぐえ!」

ぎゅうぎゅうとハナちゃんに抱きしめられて頬ずりまでされた。何が可愛かったのか不明である。あとハナちゃん意外に腕力強い。さすがバレー部。

「ハナちゃん苦s」
「うんうん!そっか!寂しいよね!いいなその悩み!私も彼氏欲しい…!」
「ちょ、あの、ハナちゃん?」
「イイ!イイよ!なんか素敵な悩みだよねそれ!」
「え」
「寂しいなって思うとか恋愛中じゃないと悩めないことじゃん!いいな!羨ましい!」
「あ、あの、あんまり大声で…」
「よし、今日は私とケーキ屋さんに行こう!甘いもの食べて寂しさ紛らわそう!」
「あんまり大声で寂しい寂しい言わないで…!」

私の悲痛な叫びがようやく届いたのか、パッと体を離してデヘヘと笑うハナちゃん。笑いで誤魔化されないよ私。あの子寂しいんだわ、みたいな顔でクラスの子たちに見られたじゃないか。
怒りの眼差しをハナちゃんに向けたが当人は気にすることもなく未だに「イイわー」と連発している。一体彼女に何があったというのか。なんだか怖い。怯えながら声をかけようとしたらハナちゃんの携帯が鳴った。

「はいもしもし……えー!今日!?今日は練習ないって言ったじゃん!」

ふてくされた顔で電話口の向こうに文句を炸裂させているハナちゃん。話の流れから察するに本当は休みだった練習が急遽する方向になったらしい。大変だなぁ。通話を終えたハナちゃんに声をかける。

「練習?」
「うん。今日しないって言ってたのにワガママ顧問がやっぱり練習するって言い出したらしくって」
「三年は最後だし、大会まで練習したいんじゃない?」
「そうかもしんないけどさー。せっかく名無しちゃんとケーキ屋さん行こうと思ってたのにぃ!」
「また今度行こうよ」
「……うん。なんかごめんね?」

ショボンとするハナちゃんに何言ってるの大丈夫だよと笑って返して見送ってから、自分も部室へ向かうことにした。
なんか、まだ帰りたくないや。一人で家にいたら本気で寂しくなりそう。部活の日じゃないけど誰かいるかな。と思いながら部室のドアを開けたら二年の波野さんと篠田くんがいた。

「あー、名無しの先輩じゃないですか」
「先輩も暇人っすか?」
「うん、ひまー。混ぜてー」
「どうぞどうぞ」

椅子を引いて手招きしてくれる波野さんにお礼を言いつつ隣に座る。どうやら二人で対局していたらしい。隣でアドバイスして下さいよと可愛らしいことを言われたので、ちょこちょこと口出ししながら二人の対局を眺める。

「これでどうだ」
「あ。ひどい。ちょっとたんま」
「一分な」
「みじかっ!」

頑張れよと言って波野さんを見る篠田くんの目が優しくて少し驚く。篠田くんってこんな目出来るのか。いつもクールな感じだから意外だ。そういえば波野さんも篠田くんといるときは雰囲気が柔らかいし……ん?これはもしや……

「二人、付き合ってる?」
「え」
「え!」

ハッとしたようにこっちを見た二人の顔がみるみる赤くなっていく。はにかみながら「実は…三日前から」と教えてくれる波野さんがすごく可愛い。篠田くんも照れくさそうにしながらも嬉しそうだ。二人ともすごく幸せそうで、そんな2人を見ていたら私も無性に仁王さんに会いたくなった。部活中だろうから、こそっと練習しているところ眺めて声をかけずに帰れば迷惑にならないよね…?
そう思い立ったらいてもいられず、用事思い出したから帰るねと二人に言って足早に部室を出た。
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