春うらら

□第八話
1ページ/2ページ

うだるような暑さの中、校門をくぐる。今日は週に三回しかない部活の日だ。
暦は八月を迎えて、夏休み中なのだが、部活に夏休みは関係ない。
グラウンドの野球部やらサッカー部やらの掛け声を聞きながら、冷房の効いた涼しい校舎の中に入った。


涼しい部室で先輩と対戦したり、詰め将棋を解く。運動部からすれば天国のような環境で、のほほんと部活動中だ。
基本的に生徒の自主性に任せている部なので、顧問の先生はたまにしか来ない。それでも部員たちはキチンと活動日には全員集合するのだから、みんな将棋好きなんだなと思う。
まぁ、集合はするものの二時間程度で帰る人もいれば、夏休みの宿題をしてる人もいるので、一概には言えないかもしれないけど。

「なあなあ、喉乾かない?」
「あー、そうですね」
「乾いたー、お腹も空いたー」

12時を少し過ぎた頃、一人の先輩が発した言葉をきっかけに、みんな口々に訴え出した。
私も喉乾いたな。おにぎり(具は梅とこんぶ)持ってきたけど、飲み物忘れたし。「私も飲み物ほしいです」と声に出す。
すると、部員全員で「パシリじゃんけん」をすることになった。その名の通り、負けた人をパシリに任命するじゃんけんだ。これは負けられない。
負ければ八人分の飲み物や食べ物を持つ羽目になるし、部室から購買まで距離があるから地味に辛いのだ。
気合いを入れてみんなの輪に加わり、正々堂々と勝負に挑む。

「「「「最初はグー!じゃんけんほいっ!」」」」
「「「ぃやったー!」」」
「………………………」
「俺、フルーツオ・レ!」
「紅茶で!ミルクティーね」
「おにぎりとパン。チョイスは任せた!」
「はいこれ、エコバック。行ってらっしゃい名無しちゃん」
「……行ってきまーす…」

負けた。八人でやって一回で決着が着くとかどんな奇跡だよ。じゃんけん弱すぎだろ自分。と思いながら、エコバックと財布を持って購買へ向かった。

廊下を歩いて、階段を降りて、渡り廊下を歩いて、また廊下を歩いて、外に出る。
ほんと遠いよ、おまけに暑いし。せめて自動販売機だけでも部室の近くに欲しい。とぶつくさ言いながら歩いていると、テニスコートが見えてきた。お昼休憩中なのかコートの中には誰もいないようだ。
そういえば、テニスコートの横を通ると購買への近道になるよ、と先輩に教えてもらったっけ。
まだ一度も通ったことがないなあ。…いや、テニス部に声援を送る女の子の軍勢に阻まれて通れなかったというのが正しいか。
今、チャンスじゃないかコレ。いつもいる女の子の軍勢はいないし、テニス部も休憩中のようだから通っても迷惑にならないだろう…。よし。暑いし、近道しよう。

思ったよりも広いテニスコートを横目にさくさくと歩く。コート広いなあ。そういえば全国大会に出場するぐらい強いって言ってたっけ。と、思っていると、近くの植え込み辺りから水の音と数人の男の子が騒ぐ声が聞こえてきた。
ん?この声どっかで聞いたことあるな。誰だっけ…?ん〜、それにしても、えらく楽しそうだな。水遊びでもしてるのか。いいな、涼しそう。

「これでもくらえ!妙技、噴水シャワー!」
「よせ!ブン太!そっちは人が…!」

バシャン!
急にほぼ全身がびしょ濡れになった。突然のことで歩く足が止まってしまう。
………………………え?何?雨?いきなり?え?なんで私濡れてるの?え?と、戸惑っていると、植え込みから人が飛び出してきた。

「わりぃー!大丈夫か…って名無しのじゃん!うっわ、びしょ濡れ!ごめん!」
「え、丸井さん…え?」
「マジごめん!…ジャッカル、タオル!」
「わかった!」

聞き覚えのある声の主は丸井さん
だったのか。てか、今走り去った人の頭ツルピカだった。すげー。僧侶でも目指しているのだろうか。

「今、ジャッカルがタオル持って来るから…って、おい、名無しの?」
「…え、あ、はい!」
「大丈夫か?」
「アハハ、ちょっとビックリして固まってました」
「あー、ほんとごめんな。うわ!制服…」
「…あー…はは…びしょ濡れです…」
「着替えなんて持ってるわけねぇよな…」
「はぁ、夏休みなので…ジャージも家ですし…」

僧侶の人、タオル持ってきてくれるのか。ありがたい。助かります。
ただ、タオルだけで間に合うか疑問なほど制服が濡れてしまっている。制服の中にキャミソールを来ているので下着こそ透けていないものの、体に張り付くほど水浸しになっている。制服が乾くまでこのままでいると、風邪をひいてしまいそうだ。
どうしよう、一旦家に帰るか…いや、部室に家の鍵を置きっぱなしだ。鍵を取りにこの格好で部室に戻ったら余計な心配をかけそうだし。
などと、悩んでいると丸井さんが、汗まみれのジャージならある、とか言い出したので丁重にお断りする。そんなの着るぐらいならダッシュで家に帰ります。
さて、どうしようかと二人で言い合っていると僧侶さんが走って戻ってきた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ