春うらら

□第十一話
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「あの、私一人で大丈夫ですから…」
「いや、運ばせてくれ。…これを教室に持っていくのか?」
「あ、はい。…すみません。ありがとうございます」

柳さんに強く言われてしまった。うーん、好意を拒止したいわけではないのだが、気分を悪くしてしまっただろうか。手を煩わせたくなかっただけなんだけど。意識の疎通って難しいな…。…あ、そういえばクラスを言っていなかった、と思い口を開く。

「私の教室、1-Eなのでそこまでお願いします」
「ああ、知っている」
「え」

なぜ私のクラスを知っているんだ。驚いて隣の柳さんを見上げるとさらに衝撃発言をされた。

「全校生徒の顔と名前、クラス程度なら頭に入っている」
「え」
「名無しの 名無し。将棋部所属。…間違っているか?」
「……いえ、その通りです」

…えええええ…。ちょー怖い。部活まで言い当てられてしまった…。なんなんだこの人。このマンモス校で生徒全員の名前知ってるとかどれだけ記憶力あるの。正直ドン引きだ。その記憶力を別のところに生かすべきだよ。悪い人ではないのはわかるけど、色んな情報を握ってるとか怖すぎる。弱味を握られたらどうしよう。…特に知られてマズイものはないけど…なんか怖い。

「……俺の名前は柳 蓮二だ」
「あ、はい。知ってます」
「そうか。名無しのは他人の情報をあまり持っていないタイプだと思っていたのだが」
「柳さんは新入生代表の挨拶をされていたので…」
「なるほどな」

ビビりながら会話する。蛇に睨まれた蛙の心境だ。別に柳さんに睨まれてるわけじゃないけど。それどころか親切に荷物まで運んでくれているのだが、なぜかビビってしまう。失礼だな私。でもなんか怖いんだ。何を考えてるのか読めないし、よく知らない相手に自分の事を知られてるのってちょっと怖くないか?私だけ?…あー、教室ってこんなに遠かったっけ?とぐるぐると考えていると、教室に着いた。ホッと息を吐きドアを開けて中に入る。

「持ってきたよー」
「あ、ありが………え、柳くん!?」
「え?!なんで?!」
「私が重そうにしてたら運んでくれたんだ」
「うそ、ちょー優しい!」
「名無しちゃんよかったね!」
「う、うん…」

柳くんを見たクラスの女の子たちは嬉しそうに声をあげて、男の子は「お、柳じゃん」とかフランクに声をかけていた。男女ともに人望があるんだな。そんな人を苦手に思うなんて私はどこかおかしいのだろうか。と思いながら、柳くんにお礼を言う。

「助かりました。ありがとうございました」
「いや。こちらこそ無理に押し切ったようで悪かった」
「いやいやいやいや、とんでもないです」
「………名無しの」
「はい?」
「お前、俺のことが苦手だろう」
「え」
「顔に全部出ているぞ」
「え」
「フッ……じゃぁな」
「……………」

少しだけ口許を緩め去って行く柳くん。
…………………………なぜばれた。顔にでてたって本当か。そんなにわかりやすかっただろうか。いや、そんなことより、なぜわざわざ柳くんは自分のことを苦手かどうか確認したんだ。そしてなぜ笑顔で去ったのか。本当に読めない。アレか、「こんなに親切にしてやったのに苦手とはどういう了見だ。覚えておけよ」的な圧力か。……怖い。

私がプチパニックに陥ってる間にクラスの女の子から「え、名無しちゃん柳くん嫌いなの?!」「なんで?!イケメンだし優しいじゃん!」とか言われた。「嫌いじゃないよ。ただなんとなく苦手なだけ」と否定をしながら、衣装を縫う作業に戻り、なぜみんなの前であんなことを聞いたのか。おかげでクラスの子たちにやいのやいの言われてしまったじゃないか。あー…、やっぱり柳さん苦手だ。と内心ぶちぶち言いながら衣装をせっせっと作り上げていった。
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