春うらら

□第十九話
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「名無しの」
「?なんですか?……」
「……お前タメ口で話す気あんのかよ」
「ありまs……あるよ」
「……」
「……すみません」

……………………………………私が悪うございました。だからそんな顔しないで下さい。怖いです。じと目やめて下さい。



仁王さんと丸井さんにタメ口で話すよう言われてから、しばらく経ったある日。
トイレにいく途中で会った丸井さんと立ち話をしていると、こんなことを言われてしまった。
いやまあ確かに、丸井さんの言いたいこともわかる。タメ口にすると言いながら敬語が抜けてないんだから腹も立つだろう。でも、こちらの言い分も聞いてほしい。敬語の方が話しやすいし今までソレで慣れてるんだから、そんな簡単に変えられないんだよ…!
と言いたいのだがなかなか口が開かない。言いたいけど言えないのだ。じと〜っと睨んでくる丸井さんの目が怖いせいで。女顔と言えどイケメンに睨まれたらなかなか怖いものがある。恐るべしイケメンパワー。

「えっと……タメ口使う気はあるんですk……あるんだけどね………つい…」
「ついじゃねーよ」
「敬語の癖が抜けなくて…」
「そこは頑張れよ」
「……はい、すみません…以後気をつけます」
「また敬語になってんぞ」
「いや、これは誠意をみせてるだけで…」
「タメ口で誠意をみせろ」
「…えー…無理をおっしゃる…」

とんだワガママボーイだな。丸井さん。クレーマーみたいな言いがかりをつけてくる。
どうすれば丸井さんの言いがかりから解放されるだろうか。と考えていると、丸井さんが何か閃いたような顔をしてニヤリと笑った。

「よし、決めた」
「え」
「これから名無しのが敬語使ったら、罰としてお菓子を俺に献上することにしようぜ」
「………………は?」

ワガママボーイがとんでもないこと言い出した。言った本人は「どうよこの作戦。良いだろぃ」とか「俺って天才的ぃ?」などと自画自賛している。
いやいやいやいや、おかしい。なんにも天才的じゃない。なにそれ。私の負担しかないじゃないか。ただ自分が良い思いをしたいだけじゃないのか。そんな罰ゲームは絶対いやだ。

「ちょ、丸井さんそれは困ります」
「はい敬語〜」
「あ…いや、これは…」
「さっそくお菓子一個ゲット〜!やり〜!」
「え!?ちょ、待って!無理!今の無し!」
「無しとか無理だし」
「いやいやいやいや、無しによう。さっきの無しで今からにしよう」
「えー、どうしよっかなあ」

ニヤニヤ楽しそうな丸井さん。今の丸井さんの笑顔は悪魔の笑顔にしか見えない。くそぅ、ムカつく〜…!理不尽な要求にだんだんと腹が立ってきた。なぜ私が丸井さんにお菓子を献上しないといけないのか。ガム一粒とかなら良いけど、お菓子はお財布事情的に無理だ。ていうか、丸井さんにあげくらいなら自分で食べるし。
沸々と込み上げる怒りにまかせて、口を開く。

「そんなお菓子ばっかり欲しがってたら太るよ、デブンちゃん」
「おま…!デブンちゃんって言うな!」
「食い意地はってる丸井さんなんかデブンちゃんで十分だし!」
「食い意地はお前の方がはってるだろぃ!」
「丸井さんには負けてるもんね〜」
「うっわ、なんかすっげーウザイ。お前のタメ口ウザイ」
「タメ口にしろって言ったの丸井さんでしょうが!」

などと小学生のような言い合いを続けていると廊下を歩く人達にジロジロと見られてしまった。遠巻きにこっちを見てる人達や、小さい声で「丸井くんと言い合いしてるの誰〜?」とか「丸井デブン太とかウケる」とか言ってる人もいる。
ヤバ…こんなとこで目立ちたくない。早いとこ切り上げよう。などと思っていると、丸井さんが「今、デブン太って言ったやつ誰だ!」とギャラリーに向かって吠えた。すると、みんなそそくさとどこかに消えてしまった。
おー、さすがイケメンパワー。素晴らしい。パチパチと拍手を送ると丸井さんは「なんで拍手?」と不思議そうにしていた。

その後、落ち着いて話し合い「敬語使ったら飴玉一つ」に落ち着いた。お菓子は経済的に厳しいけど、飴玉だったらなんとかなる。それにさっきのくだらない言い合いのおかげでタメ口に慣れてきたし大丈夫だろう。

そろそろトイレに向かおうと思い、丸井さんに「それじゃ」と声をかける。去り際に「デブンちゃんってアダ名、広まりそうだね」と言うと「アダ名じゃねぇーし。広まったらお前のこと呪うからな」と言われてしまった。
呪うとか怖い。まだ殴るって言われた方がマシだなと思いながらトイレに入った。

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