春うらら

□第三十一話
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6月に入って梅雨になり、ぐずついた天気が続いている。今日も朝は曇りだったのだが昼頃からどしゃ降りになった。
下駄箱でザーザーと降り続く雨を見ながらため息をつく。
どうしよう。遅刻ギリギリで家を飛び出したせいで傘を忘れてきてしまった。この雨の中、傘無しで帰ったらいくら学校から5分で着く距離とはいえ、びしょ濡れになるだろうし……困ったな。部室で時間潰して雨足が弱まったら帰ろうかな。と考えていたら後ろから声をかけられた。

「名無しの!」
「あ、丸井さん」
「頼む!傘、いれてくれ!」
「……ごめん、入れたいのは山々なんだけど私も傘無いんだ…」
「マジか!」
「ごめん」
「…いや、しゃーねーよ。朝降ってなかったもんな」
「ていうか、今日部活は?」
「この雨で休みになったー」
「なら、ジャッカルさんとかに入れてもらえば良いんじゃない?」
「傘持ってそうなやつらは全員委員会に行ったし、赤也は持ってるわけないし、仁王はサボりで休み。誰もいねぇーんだよなー」
「そっかあ……」
「あー……どうすっかなあ……」

傘無い仲間が増えたな。と思いながら、二人でぼんやり空を見上げる。
……うーん、私が下駄箱に来てからそこそこ時間経ったけど、雨は止みそうにない。なんなら若干酷くなった気もする。……どうしよう。やっぱり濡れて帰るしかないのか………

「……なあ」
「んー?」
「名無しのん家って学校から近かったよな」
「うん、歩いて5分くらいの距離だよ」
「………よし!ダッシュで帰るぞ!」
「はぁ?」

私が頭を悩ませていると、丸井さんが突拍子も無いことを言い出した。
なぜそうなるんだ。歩いて5分程度の距離でもこの雨の中帰ったらびしょ濡れ確定なんですけど。

「何言ってんの?ダッシュで帰ってもびしょ濡れになるよ?」
「いいからお前これ羽織れ」
「…?」

丸井さんが差し出したのはテニス部のジャージ(黄色?からし色?のハデな長袖の上着)。ジャージを受け取りつつ、どういうことだ、と再度聞くと丸井さんは「だからー」と言いながら説明し始めた。

「とりあえずお前ん家まで二人でダッシュして、俺はお前ん家で傘借りてから自分ん家に帰るってわけ。どうよコレ」

どうよって…………まぁ、良い案だとは思うけど……でも、結局丸井さんは濡れるんじゃないの?ていうか、このジャージ羽織っても濡れる気がするんだけど………。と不安要素が頭を過ぎり、丸井さんの案に乗り切れずにいると「さっさとしろって」と言いながらジャージを取り上げられた。

「あ、……(ちょ、取り上げられた…)」
「こうして羽織って、手で押さえながら走れ」
「う、うーん……でも、結局丸井さんが濡れるんじゃ…?」

丸井さんにジャージの上着を頭から被せてもらいながら言うと「体育ん時のジャージがあるから大丈夫だ」と自信満々の返事をされた。
………ジャージを被った二人組とか怪しすぎる……けど……このままグズグズしてるわけにもいかないし…でもなあ……。などと、まだグズグズと悩んでいると頭にジャージを被った丸井さんに「行くぞ」と腕を引かれ、「良い」とも「嫌だ」とも言う間もなく雨の中へ飛び出してしまった。




ビチャビチャ。バシャバシャ。と音を立てながら家に入って、玄関で一息つく。

「うわー……意外と濡れたなー」
「ゼェ…ハァ……ゼェ…ハァ……」
「大丈夫か?」
「だ、だいじょ…ぶ…」

息を整えながら丸井さんに返事をする。
学校から全力で走って(ほとんど丸井さんに引っ張ってもらったけど。「おま、おせーよ!」「ぎゃぁ!丸井さん速すぎ!転ぶ!」)、なんとか家まで着いた。
が、なかなかに濡れた。主に下半身。上半身はジャージのおかげで被害はほぼ防げたのだが、下半身は靴がぐちょぐちょ、靴下は絞れそうなほど濡れてしまった。

「まぁ、上が濡れてないだけマシだよな」
「……うん、そうだね」

と言いながら丸井さんに傘立てから抜き出した傘を差し出す。

「はい」
「お、念願の傘!」
「あ、タオルとかいる?」
「いや、いらね。足濡れてるぐらい余裕」
「そう?んじゃ、とりあえずこのジャージとそのジャージは洗って返すね」
「お、サンキュー」

丸井さんからジャージを受け取る。
最初は丸井さんの案に乗り切れずにいたけど、結果このジャージたちのおかげで上半身は濡れずに帰れたんだし、洗って返すぐらいはした方が良いだろう。

「んじゃ、俺帰るわ」
「うん、今日はありがとね」
「おー。じゃぁなー」

玄関先で丸井さんの姿が見えなくなるまるまで見送ってから家に入る。
……あー、久しぶりにあんなに走ったから疲れた…。丸井さん意外に足速いんだよね。さすがテニス部。それにしてもこの靴……明日までに乾くかな?などと考えながら、洗濯をするため浴室に向かった。

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