春うらら

□第三十五話
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8月の頭。夏休みを自堕落に楽しむ私に祖父から素敵なお誘いがあった。東京にある将棋会館に行かないか、というものだ。
将棋が大好きな祖父は月に1度、家の近くの将棋会館に足を運んでいるのだが、毎年8月だけ地方にいる祖父の将棋仲間が東京の将棋会館に集まるそうで、それに合わせて祖父も東京まで足を伸ばしている。そのお供に誘われたのだ。
………なにそれ。なにその集まり。もう、そんなの行くに決まってるし!ビバ夏休み!誘ってくれてありがとうおじいちゃん!あぁ、ヤバイ、もの凄い楽しみ。部活メンバーや祖父以外の人と対局するなんて滅多にないから貴重な機会にテンションが上がってしまう。まぁ、たぶんお年寄りばかりで若い人が行ったら浮くような気もするけど、そんなのどうでも良い。対局出来ればそれで良い。あ、でも、あわよくば会館で友達出来たら良いな。出来れば同年代ぐらいの女の子。
などと思いながら祖父に「行く!」と応えた。




というわけで、やってきましたin東京将棋会館!神奈川から電車を乗り継ぎ、照り付ける日差しに祖父がやられたりしないだろうかとヒヤヒヤしながらやってきましたとも。
会館のドアを開け、ほどよく効いた冷房にホッと息をつく。
もう暑くて暑くて辛かった。私ですら辛いのだから祖父はもっと辛かっただろう。お茶でも飲んで一休みしない?と声をかけたが、断られてしまった。よほど旧友達に会うのが楽しみらしい。「私は仲間と打ってくるからお前も自由に打ちなさい」と言い残してサッサとどこかに行ってしまった。
…………うん。良いけどね。おじいちゃん楽しそうだし。私は一人でも大丈夫だし。と心の中で強がりを言いつつ、広間へ向かう。広間では見ず知らずの人と自由に対戦することが出来るのだ。
広間に入ると結構な人数がいて、みんな思い思いに楽しんでいるようだった。対局している人や他の人の対局を横から眺めている人、普通に談笑している人もチラホラいる。
うわ、楽しそう。お年寄りばっかりかと思いきや、小学生ぐらいの子たちも楽しそうに将棋をしている。小学生のうちから将棋とか渋いな。と感心しながらキョロキョロしていると近くにいたお爺さんに声をかけられた。

「お嬢さん、一人かい?」
「あ、はい。そうです」
「もし良かったら儂と対局せんか?」
「はい、是非!よろしくお願いします」
「こちらこそ」

なんとラッキーな事にさっそく誘ってもらえた。いそいそと席に着いて、いざ対局。
最初のほうは緊張もあってうまく実力を出せなかったが、中盤からいつもの通りに指すことが出来た。結果としては惨敗だったのだが「負けました」と頭を下げると「またやろうね」と言ってくれたので良しとする。
お爺さんに挨拶をして席を立とうとすると「次は僕としてくれないかな?」とダンディなおじさんに声をかえられた。すると「あら私もお願いしたいのよ」「僕もー!」とあちこちから声をかけられる。
どうやら私の年代ぐらいの人は珍しいらしく、みなさん物珍しさから声をかけてくれるようだ。思わぬ人気にキョドリながらも一人一人と対局を重ねることにした。



五人ほどと対局を終え一区切りがついたので、ふぅっと一息つく。声をかけてくれた人たちとは一通り対局し終えたのだが、少し疲れてしまった。
けど、良い疲れだな。いろんな人と対局するのは楽しかった。いろいろ勉強になった。とダンディなおじさんに買ってもらった(対局で勝ったら買ってくれた)ジュースを飲みながら一休みしていると「俺とも対局してくれんと?」と声をかけられた。
聞きなれない方言だなあ、どこの人だろう。と視線を向けると背の高いイケメンが立っていた。
うわ、背たかっ!……同年代ぐらいかな?お年寄りと子供ばかりかと思ってたけど同年代の人がいたとは。などと考えながら「はい、良いですよ」と答えると、ノッポさんはニコニコ嬉しそうに笑いながら向かいに座った。
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