春うらら

□第三十八話
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ヒョコヒョコと怪我をした膝を庇いながら保健室へ向かう。今、体育祭の真っ最中なのだが、全員参加競技の棒引きで負傷してしまったのだ。それほど大きな傷ではないのだが、ハナちゃんに「ちゃんと消毒して絆創膏貼った方が良い」と言われたので、グランドから抜け出してきた。
この歳で転ぶとは…。恥ずかしい…。ていうか情けない…。小さくため息をつきながら保健室のドアを開ける。

「失礼します」
「はーい。…あら、コケちゃったのね?」
「はい」
「じゃぁ、消毒するからそこに座って」
「あ、はい。お願いします」
「先生ー!」

うぅ……しみたら嫌だな。注射とか消毒とか小さい時から苦手なんだよね。と思いながら保険医の先生と向かい合わさせに座ると、突然バタバタと1年生らしき女の子が入ってきた。

「保健室で騒がない!」
「す、すみません!あの、でも、友達が……」
「友達がどうかしたの?」
「急に倒れちゃって……顔色も悪いし…」
「そう、わかった。すぐ行く。……ごめん、悪いんだけど一人で消毒してもらっても良い?」
「あ、はい、わかりました」
「ごめんね、ありがとう。……それで友達はどこにいるの?」

バタバタと急ぎ足で保健室を出ていく先生と女の子を見送りながら、熱中症で倒れたんだろうか?それとも貧血かな?あの子も心配だろうな。なんともなかったら良いけど。などと考えつつ、脱脂綿と消毒液を手にとる。そして、脱脂綿に消毒液を染み込ませる。
……よし、あとはこれを傷口にちょちょいとつけるだけだ。……つ、つけるだけ。ほんのちょびっと。つけるだけ………なんだけど…………。
ハァっと息を吐きながら、脱脂綿を摘まんでいるピンセットを横の机に一旦置いて、そのままヘニャリと自分の上半身も机に預ける。
駄目だ…。出来ない。手が動かない。やろうとは思うんだけど、小さい時に経験した痛みがフラッシュバックして踏み切れない。消毒ってすっごく痛いじゃないか。小さい時は消毒の度にギャン泣きしてたし。あー、いやだ。やりたくない。もう適当に水で流して絆創膏張ろう。
そう思い、上半身を起こそうとした時ガラガラと保健室のドアが開いた。
うわ、もう先生戻ってきたの?早いな。と思いつつドアを視線を向けると仁王さんが立っていた。

「あ」
「! 名無しちゃんどっか怪我したんか?!」
「え、いや、」

バタバタ駆け寄ってきて心配してくる仁王さんに「ちょびっと転んだだけだよ」と答えると「ほんなら、ちゃんと消毒しんしゃい」と言われてしまった。
くそぅ、その消毒が嫌なのに……ていうか、何で仁王さんはここに来たんだろう。

「消毒ね……うん。……えーっと、仁王さんはなんで保健室に来たの?」
「ここ擦りむいたから念のため消毒しようと思って」
「うわぁ………痛そう」
「そうでもないぜよ。……っ……」

広範囲に擦り剥いている腕を器用に自分で消毒していく仁王さん。時おり、痛さに顔をしかめている。
うぅ……やっぱり痛いんだ…。あー、やだなあ、消毒。
なんて考えていると仁王さんが「消毒せんの?」と声をかけてきた。

「した方が良いぜよ」
「う、うん…」
「あ、俺がやっちゃろうか?」
「! ………お、お願いします」
「おー、任せんしゃい。はい、足出してー」

仁王さんの言葉に甘えて消毒してもらうことにした。だって自分で消毒とか無理だし。いっそのこと他の人にパパッとやってもらった方が良い。そう腹を決めて仁王さんと向き合う。
脱脂綿付きピンセットを持つ仁王さんの手が徐々に近づいてくる。もうすぐ傷口に当たる、というところでギュッと目を瞑って手のひらに力を込めて痛みに備えるが、なかなか痛みが襲ってこない。
あれ?と思って目を開けると、なぜか仁王さんが肩を揺らして静かに爆笑していた。

「ぷっ…!くくっ…!名無しちゃん、消毒するぐらいでそんな顔せんでも…!」
「………そんな笑うことなくない?」

痛いの嫌だから仕方ないじゃないか。と半ば開き直って言えば、笑いすぎたせいで目尻に溜まった涙を拭いながら「マキロンはそんなにしみたりせんよ」と返してきた。
えぇー?そんなこといって、しみるかもしれないじゃないか。ていうか、さっき痛そうな顔してたくせに…。
内心ぶーたれていると「えいっ」と傷口に脱脂綿を当ててきた。

「ぎゃぁ!いたっ…………くない…?」
「な?痛くないって言うたじゃろ?」
「うん……マキロンすごい…!」
「感動しすぎ」

痛くないとわかったので安心して消毒してもらい、大袈裟に包帯を巻こうとする仁王さんを慌てて止めて、絆創膏を貼ってもらった(「…包帯はおかしいと思うんだけど…」「絆創膏なんか貼って変に治ったらどうするん」「いやいやいや、絆創膏でもちゃんと治るから」)。

その後、仁王さんにお礼を言って二人で保健室を出る。
グランドに戻ろうとする私に「一緒にサボろう」とか「体育祭なんて出んでも良いじゃろ」とワガママをこねる仁王さんの腕を引っ張りながらグランドに戻った。

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