庭球のお話

□恋に落ちる話
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ギィィ、と嫌な音をたててドアが開く。なんで屋上のドアってこんなに重いんだよ、とぶつくさ言いながら外に出る。
びゅう、と風が吹き抜ける。少し肌寒いが太陽が出ているので日向にいれば大丈夫だろう。
フェンスにもたれかかって空を見上げ、ズルズルとへたりこむように座る。と、堪えていた涙が出そうになった。
5分前まではこんな気持ちになるなんて思いもしなかったな、と思いながら涙を溢さないように目を閉じた。


今日は朝からとても良い気分だった。
朝のテレビの占いでは一位だったし、学校に着くまで一度も信号にひっかからなかった。苦手な数学の小テストもスラスラ解けたし、調理実習で作ったカップケーキも上手く焼けた。
せっかく上手く焼けたんだし、片想い中のサッカー部の守口先輩に渡そう。今日は良いこと尽くしだから受け取ってくれるかもしれないと、出来立てのカップケーキを持ち、ルンルン気分で廊下を歩いていたら、不幸のドン底に突き落とされた。
守口先輩と女の子が手を繋いで歩いているシーンを目撃してしまったのだ。


はぁー。手をつないで歩く二人を思い出してため息をついた。
先輩幸せそうだったな。彼女の前だとあんな表情するんだ。彼女も女の子らしくて可愛い子だった。そりゃ、先輩も幸せそうな顔して笑うよね。彼女が可愛くって仕方ないって顔してた。いいな。あんな幸せそうなカップルぶち壊す勇気、私にはない。
勝手に好きになって、勝手に失恋して。その上、割って入る勇気もないくせに一人前に傷付くなんて。一人で何やってるんだろう。

じわり。目尻に涙が溜まる。ゴシゴシと指で擦って、後で赤くなるかもな、と思った。
太ももにコロリと置かれたカップケーキを見つめる。
これどうしよう…。自分で食べる気にはなれない。適当にちぎって置いておけば、鳩とか雀が食べるかな。
そんなことを考えてると、さっき私が入ってきたばかりのドアが、嫌な音をたてて開いた。

「「あ」」
「…名無しも来とったいね。サボり?」
「まーね。千歳もどうせサボりでしょ」

ドアを開けたのは千歳千里。サボり仲間。一つ上の先輩。タメ口・呼び捨てで話さないとすねる。踵を踏んだ上履きをぺたぺたと鳴らして歩くのが特徴。あと無駄に背が高い。そして人の気持ちを読み取るのが上手い。

今は一緒にいたくない相手だな、と思いながら話をする。
どうやら古典の授業が面倒で抜けて来たらしい。そうか。もう授業が始まっているのか。気が付かなかったな。
ぼんやりとそんなことを考えていると、千歳がカップケーキに手を伸ばした。

「あ」
「これ名無しが作ったと?」
「あー…うん。調理実習だったから」
「ほーん。美味そうたい。食べてもよか?」
「…ん、いいよ」

美味そう、か。ちょっと嬉しくなったのであげることにした。鳥にあげるより、ゴミ箱行きになるより、千歳に食べてもらったほうがカップケーキも喜ぶだろう。
千歳は嬉しそうにお礼を言い、ガサガサと袋を雑に破いてカップケーキにかぶりついた。

「ん!美味かねー!」
「あははは、よかった」
「名無しは良かお嫁さんになるばい」

ほっぺに食べカス付けながらニッコリ笑う千歳を見つめる。つられて私も笑ってしまう。
バカ面だなあ、食べカス付いてるよ。と、教えてあげると少しだけ恥ずかしそうに口元をぬぐう。
カップケーキを食べ終えると、急に千歳が真面目な顔になった。

「?どうしたの?」
「目ぇんとこ赤い…。なんかあったと?」

…触れてほしくないとこに触れてくる。普段は人の気持ちに聡いくせに、なぜこういう時だけ鈍感なのか。言いたくない。ので、黙り込む。

「………………」
「泣いとったとね?」
「…泣いてない」
「誰に泣かされたっちゃ」
「…泣かされてない」
「んなこつ言っても、ごまかせんばい」
「………………」
「言いなっせ」

言いたくない。また黙り込む。すると、質問を変えてきた。なんで泣いたのか言え、だって。
言えるわけないじゃん。勝手に恋して勝手に失恋して泣いてたなんて。言えないよ。情けなすぎる。
千歳が心配してくれてるのはわかってる。けど言いたくない。なんてワガママなやつだろう。優しい千歳も嫌気が差すに違いない。
なんだか、全部嫌になってきて体育座りをして、膝に顔を埋めた。
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