庭球のお話

□恋に落ちる話
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私が顔を伏せてから、しばらくすると千歳が頭を撫で始めた。優しいなあ。千歳は自由人だけど基本的に優しい人だと思う。
たまに一緒にサボっている時、寝付きにくい私のために寝るまで頭を撫でてくれたりする。おかげで私は千歳に頭を撫でてもらうと不思議と安心するのだ。

「千歳は優しいね」
「そぎゃんこつなかよ」
「んーん。優しいよ」

頭は上げずに顔だけ横に向けると、千歳がふわりと笑った。私は唇を尖らせて、ぶちぶちと優しい千歳に八つ当たりをする。

「なんで千歳はそんなに優しいの?」
「そぎゃんこつなかって」
「優しいよ。こんなやつほっといて寝ても良いのに」
「名無しは寂しがり屋さんだけん、ほっといたら余計泣いてしまうばい」
「寂しくないし。泣いてないし」
「素直じゃなかねー」
「どうせ素直じゃないし」
「泣き虫が怒りんぼになったばい」

ぶちぶち言う私を見つめながら、ずっと頭を撫でてくれる。撫でながら、言う。

「俺が誰にでも優しくしよると思っとると?」
「うん」
「誰の頭でも撫でると思っとるとね?」
「?うん」

どうしたんだろう。ちょっと千歳の顔が怖い。撫でることも止めてしまった。
怒らせた?怒らせるとこあった?
不安になりながら、顔を上げる。千歳と向き合う。

「千歳?どうしたの?」
「はぁー…」
「え」
「名無しはにぶかねぇ…」
「え」

千歳はどこか怒ったように、でもちょっと諦めたように笑った。なんだ。よくわからない。

「俺は人ば慰めるん苦手ばい」
「?そう、なの?」
「名無しだけん慰めただけたい」
「え…」

うっすらと言われていることの意味はわかる。そこまで鈍くない。いや、でも、まさか。
だって千歳には、口にこそ出したことはないが私が守口先輩が好きだとバレていたはずだ。先輩のことを、それとなく聞かれたこともある。その時も濁しはしたものの好きな人がいることは否定しなかった。

「名無しに好きなやつがおるんこつば知っとった。だけん、手を出さんようにしとったとよ」
「……」
「ばってん、今日泣いとった」
「……」
「そぎゃん泣かせるようなやつに名無しはやれんばい」

私の目を見つめる千歳。手が伸びてきて指が目尻を優しくなぞった。

「俺にしときなっせ」

千歳の手がほっぺをなぞる。
今、私の顔はきっと真っ赤になっているだろう。自分でもわかるくらい顔が熱い。
千歳がそんなこと思ってたなんて、まったく気がつかなかった。
それに、さっきの千歳の顔。びっくりした。いつもニコニコ笑顔でいたり、少しだけ困ったように笑う千歳が、あんな顔するなんて。
苦しそうな、少しすがるような顔。心臓がわし掴みにされるぐらい、びっくりした。ドキドキする。いや、心臓がバクバクしている。

真っ赤な顔のまま千歳を見つめる。
ん?だんだんと顔が近づいてきてる…?

バコッ!と小気味良い頭を叩く音と私の叫び声が響く。

「〜〜!なにすんの!バカ!」
「痛か〜!…まだ何もしとらんばい」
「しようとしてた!」
「名無しがいけんとよ。むぞらしか顔するからばい」

なんということだ。さっきまで優しかった千歳が、今まで見たことないぐらい格好良かった千歳が、変態になってしまった。

いつもようにニコニコ笑った千歳が言う。

「名無し」
「……………なに」
「好いとうよ」

また顔が赤くなる。今度は千歳に見せまいと手のひらで顔を隠す。

つい30分前までは守口先輩のことで泣いていたのに、今はすっかり千歳のペースだ。それを受け入れて、その上、千歳のことで頭がいっぱいの自分に驚く。

失恋に効く特効薬は新しい恋をすることなんだって。
いつぞや、友達が言っていた言葉を思い出す。
ちらりと、指の間から千歳を見て、あながち間違ってないかもしれない、と思った。


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