庭球のお話

□言い寄られる話2
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バチン、と耳元で大きな音がした。その音を追いかけるようにジンジンと頬が痛くなる。
ふだれた。痛い。何するんだこいつ。この3つのフレーズが脳内をぐるぐる回って、それに女の子たちの口から放たれる文句が被さって、混乱してきた。
…あれ?私なんで殴られたんだ?ていうか、なんで女の子に囲まれてるんだっけ……えええっと、今日は朝からストーカーと登校して、お昼過ぎに講義が全部終わって…ストーカーに見つかる前に帰ろうとしてたら……あ、そうそう、その時にこの子たちに囲まれたんだ。なんか偉そうに「ちょっと来て」とか言われて、面倒だったけど言うこと聞かないといつまでも囲まれたままになりそうだったから、この空き教室についてきた……うん、そうそう、そうだった。んで、そのあと女の子たちから「白石くんに付きまとうのやめいや!」とか「あんたなんかどうせ遊びなんやから調子のんな」とか言われたんだよね。…マジ意味わかんない。私が白石くんに付きまとってる風に見えるの?馬鹿じゃないの。ていうか、まずこの子たちはなんなの。いつも白石くんの周りでキャァキャァ騒いでる子たちなのは知ってるけど、この子たちは何の目的で私のことぶったりしたの?意味わかんない。別にこの子たちに迷惑かけてないよね?むしろ迷惑被ってるのは私だよ。毎日毎日ストーカーに悩まされて、ストーカーの周りの女の子たちには「ブサイクのくせに調子のんな」って言われて、さらには呼び出されてビンタだと?私があんたたちに何したっていうんだよ。

「黙ってんと答えろや!」
「無視してんなよ!」

あー、ヤバイ。考え事に熱中してたら女の子たちがヒートアップしてきたぞ。どうしよう…何か言おうにもビビって口が開かない。口どころか足も動かないので走って逃げることも無理そうだ。そりゃそうだよね。こんな修羅場人生初なんだもん。こっちは今まで普通の人生歩んできてるんだよ。それなのに、この場で平然と言い返せるわけない。けど…でもこのまま言われっぱなしなのは嫌だ。一言だけでも良いから言い返したい。頑張れ私…!
小さく深呼吸して、震える手を握りしめ、ゆっくり口を開く。

「………っさいな。さっきからゴチャゴチャと。私が白石くんに付きまとってる?バカじゃないの?白石くんが勝手に付きまとってるんだよ。ていうか、あんたたち白石くんの何?そんなのこと言う権利あんの?彼女でもないくせに…………あ、」
「…なっ、何この女!めっちゃムカつく!」

少しだけ言い返すつもりが口を開いた途端、かなり言い返してしまった。言い過ぎたと口を抑えてももう遅い。私の言葉が彼女たちの逆鱗に触れたようで、さっき私をぶった女の子がもう一度手を振り上げるのが見えた。またぶたれる!と恐怖できつく目を閉じた瞬間、バアァァン!とドアが大きな音をたてて開いた。音につられて全員で視線を向けると白石くんが立っていた。いつもは整っている髪の毛は乱れ、息をきらしている。
…………し、白石くん………なんでここに…?どうして?なんでいるの?ストーカーだから?いや、もうストーカーでもなんでも良い。来てくれたんだ。良かった、もう殴られないんだ。良かった、ほんと良かった。ストーカーが役に立った。白石くんやるじゃん。良いとこあるじゃん。
来てくれた安心感で、つい涙腺が緩んで涙目になっていると、白石くんが口を開いた。

「…何してんねん」
「……し、白石く」
「名無しのさんに何してんねんって聞いてんやけど」
「………」

なんだか、白石くんの様子が尋常じゃない。無表情。冷たい目。声のトーンは地を這うように低い。…こんな白石くん見たことない。かなり怒っているようだ。白石くんって怒ったらこんなに怖いのか。普段温厚な人が怒ると怖いって本当だったんだな。涙がちょっと引っ込んだよ。
怒りのオーラを纏ってズンズンとこっちに向かって来る白石くんの雰囲気に圧倒されていると、耐えかねた女の子たちがバタバタと逃げ始めた。白石くんは逃げようとする一人の女の子の腕を掴み、「俺言うたよな?俺に纏り付くんは自由にしてえぇけど、名無しのさんには何もすんなって。………お前ら、俺と名無しのさんに金輪際近寄んな。もし次こんなんしたら俺何するかわからんで」と凄み、手を離した。女の子は目に涙を溜めてバタバタと他の子たちと同様に走り去っていった。

私と白石くんだけになった教室で、恐怖から解放されてホッとしていると、白石くんに「俺のせいで名無しのさんに迷惑かけて……ほんまごめん!」と謝られてしまった。
まぁ正直、女の子たちに因縁をつけらている間「絶対白石くんに文句いってやる!」と思っていたのだが、こうも真っ正面から謝られると言いづらい。…で、でも、アレだよね、白石くんがストーカーしなければ私はこんな因縁つけられることなかったわけだし、…うん、と、とりあえず文句は言おう。

「…こ、怖かったんだけど」
「…うん。ごめん」
「付きまとってるとか変な因縁つけらたし」
「うん。ごめん」
「しかもビンタまでされたし…」
「ほんまごめん!責任とって俺がお嫁にもらr「結構です」…残念…」

ショボンと肩を落としている白石くんを見ながら小さくため息をつく。
……気まずい。白石くんに文句言ったらスッキリするかと思ったけどそんなことなかった…逆になんかモヤモヤする…。呼び出しの原因は白石くんなのかもしれないけど、白石くんが指示したわけじゃないし…むしろ助けに来てくれたっぽいし。文句言うべきじゃなかったかな………。いや、でもな…。あー、この空気どうしよ。白石くんかなりションボリしてるよ………あ、そうだ、とりあえずお礼言っとこう。


「白石くん」
「ん?なに?」
「え、えっと……」
「?」
「……た、助けてくれてありがと、うわっ!」
「…」
「ちょ、なにすんの!」
「…」

お礼を言った途端、ガバッと白石くんに抱き締められた。ジタバタともがいて脱出しようとするもののうまくいかない。
く、苦しい…。力強すぎ…!なんで抱きつくの!意味わからん!

「名無しのさん」
「なに。ていうか、離せ!」
「名無しのさん好き。大好き。めっちゃ好き。愛してる」
「うわ、なにいきなり。きもい離せ」
「ほんま好き。俺のせいでこんなんなったのに許してくれて、その上お礼まで…」
「とりあえずお礼は言っとくべきだと思っただけだっつの。離せ」
「悪いやつから守ったらなアカンとか言っといて、こんな目に合わせてごめん」
「それは別にもういいよ!てか、離せ!もう私に近付くな!」
「それは無理。ほんまに好きやねん。名無しのさんのおらん人生なんて考えられへん」
「きーもーいー!」
「名無しのさんおらんくなったら俺死ぬ」
「うざっ!」
「盗撮も待ち伏せも尾行も名無しのさんやからするんやで。名無しのさんのおらん世界なんていらん。ていうか、名無しのさんの涙目可愛かった…写メ撮れば良かった…」
「うっわ、ヤバイよこいつ!キモすぎて鳥肌たった…!」
「だから名無しのさん!俺と付き合って!」
「ぜっったい嫌だーーー!」

その後、三時間ほど抱き締めれたまま白石くんから愛の告白を受け続け、耐えきれなくなった私は白石くんをブン殴って走って逃げた。
翌日、頬を腫らした白石くんに「悪いやつから守ったらなアカンから、これから毎日ずっと一緒にいよな」と家の前で言われた時は目の前が真っ暗になった。
あぁ、誰か私の手を握って「俺から離れんといてな」とニコニコ笑う変態をどうにかしてください。


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