庭球のお話

□ドキマギしてる話
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放課後。図書室での自習を終えて下駄箱に向かうと、同じクラスの切原くんの姿を見つけた。彼とはほとんど話したことがない。まぁ、いつもみんなの中心にいる彼と、地味な私が接点などあるはずもないので仕方ないが。うーん、それにしてもどうしたんだろう。確か「今日も練習ハードなんだろーなぁ。だりぃー」とか言いながら教室から出て行ったはずなのに。部活は終わったのだろうか?
靴を履き替えながら後ろ姿を眺めていると、私の視線に気付いたのか切原くんがこっちを見た。大きな目がもっと大きくなっている。驚いているようだ。

「よ、よお!名無しのじゃん。もう帰んの?」
「うん。切原くんは?」
「帰りてェんだけど、傘無くてさ」

ちらりと外に目をやると雨が降っていた。なるほど、だからこんなところにいるのか。部活も雨のせいで無くなったんだろう。
私は鞄から折り畳み傘を取り出して切原くんに差し出した。

「はい」
「え」
「どうぞ」
「い、いやいやいや。何言ってんの」
「?」

はて、何かおかしなことをしただろうか。首かしげていると切原くんが口を開いた。

「それ名無しののだろ?」
「うん」
「だったらそれはお前が使えよ」
「でも切原くん傘無いんでしょ?」
「まぁ、そうだけど。でも俺が使うのはおかしくね?」
「うーん」

そうか。おかしいのか。私は家が近いから走って帰っても良かったんだけど。たぶん切原くんよりは濡れないだろう。だって私んちここから歩いて3分だから。

「私んちここから歩いて3分なんだ」
「え」
「すぐ着くから問題ないよ。切原くん傘使って?」
「いや、でもさ」

使って、使えない、使って、使えないを5回ぐらい繰り返してようやく出た案が、相合い傘で私の家まで帰ること、だった。




ポン、と間抜けな音をたてて開いた傘を片手に、切原くんに向き直る。

「狭いですけど」
「い、いや、大丈夫…」
「じゃ、行こうか」
「あ、か、傘!俺持つ!」
「ありがとう」
「お、おぅ……」

歩きながら思う。切原くんがおかしい。かなりどもっている。どうしたんだろう。さっきまで普通だったのに。……いや、そう言えば私が「じゃぁ相合い傘しよう」って言ったときも「えぇ?!おま、え?!」ってどもってたな。相合い傘が嫌なのだろうか。

「ごめん、嫌だった?」
「え?!な、なにが?」
「相合い傘」
「いや、別に!うん!全然嫌じゃねェし!」
「…そう?」

その割には声が上擦ってるような気がするけど。あ、そうか。私に気を使ってくれてるのか。本当は嫌だけど悟られまい的な。切原くんは優しいな。相合い傘なんて普通恥ずかしいだろうに。

「お、お前は?」
「…ん?」
「相合い傘…大丈夫か?」
「あぁ、うん。全然大丈夫」
「そ、そっか!」
「うん」

今度はなぜか嬉しそうな切原くん。この人なかなか表情が豊かだ。前から思ってたけど。私とは大違いだ。
表情をもっとよく観察しようと視線を向けると切原くんの肩が傘からはみ出しているのに気がついた。

「……切原くん」
「ん?!ど、どうした?」
「肩、濡れてない?」
「え、いや、大丈夫」
「うそ。ちゃんと入って」
「で、でもそうすると名無しのが…」
「……」

なんと優しいのか。切原くんはわたしを気遣って自分の肩を濡らしていたらしい。優しさにちょっとした感動した。
さて、二人が濡れずに済むにはどうすれば…。あ、そうか。くっつけばいいのか。

「えい」
「?!」
「こうしないと濡れるから」
「あ!あぁ!そ、そうだな!肩濡れるもんな!」
「うん」

どうした切原くん。歩き方がぎこちなくなった。くっついたのが良くなかったのか?顔もなんだか赤いし。

「大丈夫?」
「え?!」
「顔。赤いから」
「き、気のせいじゃね?!」
「…そう?」

気のせいではないような…。触れているところもなんだかさっきより温度が上がってる気が…。大丈夫か?まさか熱とか…?

「切原くん本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫だって!」
「でも絶対顔赤いよ?」
「……そんなこと、ねェ」
「体も心なしか熱いような」
「…………………」

なぜ無言?やはり体調がよくないのだろうか。顔はどんどん赤くなっているし、気分でも悪いのかずっと俯いたままだ。本当に大丈夫なのだろうか。自宅にいる親に頼んで切原くんを家まで車で送った方がいいんじゃ…。
切原くんの顔を見ながらそんなことを考えていると、急に彼がこっちを向いたので少し驚いてしまった。

「あ、あのさ!」
「うん?」
「じ、じつは」
「うん」
「俺が名無しののこと」
「うん」
「好「あ、私んちここ」

切原くんの話の途中だったが、我が家に着いたので話の腰を折らせてもらった。切原くんはなんだか無の表情。こんな顔も出来るのか。本当に表情が豊かだ。

「ごめん。何か言い掛けてた?」
「いや、うん。また、今度言うわ……」
「……そう?」

何やら落ち込んでいる雰囲気だ。顔色は元に戻っているようだが大丈夫なのだろうか。本人に「車で家まで送ろうか」と進言したが、何故か「一人で帰りたい」と返されてしまった。よくわからないが一人になりたいなら仕方ない。
お大事に、と声をかけると疲れた笑顔を返された。私と帰って疲れたのだろうか?申し訳ないことをした。


エンド!

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