庭球のお話

□驚かされる話
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「あー」
「………」
「あー」
「………」
「あー!」
「うっさい」

唸っていたら前の席に座る光に頭を叩かれた。私が睨むと鼻で笑ってきたので中指を立てて応戦する。

「行儀わる。引くわ」
「うるさいな。私、今、機嫌悪いの」
「へー」

興味無さそうに携帯をピコピコし始めた光。聞く気ないのかよ、こいつ。ここは「なんで機嫌悪いん?」って聞くとこだろうがよ。
ガルル、とうなり声をあげて抗議すると、やつは携帯から視線を離して口を開いた。

「どうせ謙也さんやろ」
「……なんでわかんの?」
「お前がそうなんの、だいたい謙也さんのせいやん」
「ふむ…」

そうか。そうかも。と一人で納得する。謙也先輩に絶賛片思い中の私はしょっちゅう謙也先輩のことで機嫌が上下するのだ。だが、今回は上下どころじゃない。謙也先輩がテニス部マネージャーと付き合ったという報告をご丁寧に謙也先輩本人から受け取って、機嫌はどん底だ。まぁ、確かに?前々から聞いてましたよ?ていうか、謙也先輩から相談とか受けてましたよ?その都度アドバイス的なことしてましたよ?でもね?だからといって私の気持ちは消化されたわけじゃないんですよ。相談に乗りながら、このまま告白したらどうなるだろう、とか色々考えてたわけですよ。それがね?ある日いきなり「付き合うことになったわ!ありがとうな!お前のおかげや!」とかね?そんなね?笑顔で言われてもね?私はお祝い出来ないわけですよ。そりゃ、一応「うわぁ!おめでとうございます!」とか言っちゃったけれども。ねえ、聞いてる光!
ブツブツと怨念のように愚痴を言うが、やつは再び携帯をピコピコしていて聞いていない。こいつはこういうやつだって知ってたけど、ちょっとヒドくない?おいっ!フられたんだぞ!優しくしろよ!とゴネようとした瞬間、突然、光がこちらに向き直り「動いたらしばく」と言い出した。
なんだ、突然。わけわかんない。なんで?と言おうとして口を開けたが、すぐ閉じた。だって光の顔がすぐ近くにあったから。人って驚くと意外と声が出ないらしい。すごく近い。目の色とか、二重瞼とか、長い睫毛とか、思春期のくせに肌荒れ一つしてはないほっぺとか、スッと通った鼻筋とか、薄い唇とか、よく見える。

「……」
「……」

なんで黙ってんの。ていうかなんで近づいてんの。意味わかんない。じっと見つめていると、更に顔が近付いた。今度は近付き過ぎて視界がぼやける。焦点が合わない。このまま近付いてるとちゅーしそうだなぁ、とぼんやり考えてるとカシャッと音がした。

「……なにしてんの」
「別に」

そういって離れて、また携帯をピコピコ。なんなんだ、こいつ。ほんと意味わかんない。ハァ、とため息をついて背もたれにダラリともたれていると、携帯が鳴った。開くと謙也先輩から着信。慌てて電話にでる。

「け、謙也先輩!?」
『おー、名無しの!おめでとう!』
「…はい?」

突然のおめでとうに思わず首をかしげる。お祝いされることしたっけ?光に視線を向けると謙也先輩の声が漏れ聞こえていたらしく、ニヤニヤ笑っていた。

「な、何がおめでとうなんですか?」
『え、何って…自分とうとう財前と付き合ったんちゃうん?』
「はぁ!?」

なんだと?いつの間にそんなデマが!否定しようとした瞬間、光に携帯を強奪された。私の携帯で謙也先輩とお喋りに興じる。

「謙也さん」
『おう、財前!おめでとう!』
「ありがとうございます。ちゅーわけで、もう俺のなんで。ちょっかい出さんといて下さいね」
『なんやお前ノロケか!』
「じゃ」
『あ!ちょ、まッ。プー、プー、プー』

ん、と携帯を返されたので受け取って、光につかみかかる。ガシッと襟を掴んでガクガク揺するとウザそうに「なんやねん。離せや」と言われた。

「なんやねん、じゃないよ!何いってんの!?ていうか、なんで謙也先輩はあんな勘違いしてんの!?何したお前!」
「何って…コレ見せただけやけど」

ん、と光の携帯を渡されたので奪い取って見る。画面は謙也先輩へ送信したメールで、本文は無しの画像のみだったがその画像が問題だった。光の後頭部と私の顔がちらりと見える構図。…これ…なんか…ちゅーしてるように見えるんだけど…。
再び光につかみかかってガクガク揺する。

「あんたコレさっきやつか!撮ったのか!撮ったらこう写るのか!」
「ちゅーしてるみたいやろ?」
「やろ?じゃない!なんでこんなことす」

ちゅっ

「……」
「……」

今、なにされた?唇に何かあったかいのが…。
パッと掴んでいた手を離して光を見ると「やっとこっち見た」といってため息をついた。

「な、なにす、」
「お前、人の気も知らんと、謙也さん謙也さんうるさいねん。ムカつく」
「え」
「まぁ、もうこれからは俺しか見えんようにするからええけど」
「はぁッ?」

何言ってんだ、と光をガン見すると「覚悟せぇよ」と言ってニヤリと笑った。


エンド!

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