庭球のお話

□詰め寄られる話
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嫌いな人がいる。人間なんだから嫌いな人の一人や二人は当然だろうけど、私の場合はちょっと自分の感性というか性格を疑ってしまうような人が嫌いなのだ。女子からはファンクラブを設立されるほどの人気者だし、男子からも「あいつに任せておけば大丈夫」的な感じで慕われてるような人を嫌いだなんて、私はどこか歪んでいるのだろうか。不安である。友達に相談したら「もしかして名無しってB専?」と言われた。決してB専ではない。彼のことはイケメンだとは思っている。でもイケメンでも嫌いなものは嫌いなんだから仕方ない。まぁ、厳密に言えば嫌いというより苦手という方が当てはまっているかも。苦手ゆえに嫌い、みたいな。
彼とは、ぼんやり歩いていたら廊下の曲がり角でぶつかったのが初めての出会いだった。少女漫画みたいだが、少女漫画のようにお互い倒れたりすることもなく、肩が少し強めにぶつかったくらいだったけれども。ただ、ぼんやりしていたのと、筆箱の口が半開きだったせいでペンと消しゴムが廊下に散らばってオーマイガーだった。そうそう、その時も彼は人に慕われる要素その1優しさを発揮して散らばったペンを一緒に集めてくれたのだが、その時から私は彼が無理だった気がする。だって、ペンを受け取って「ありがとうございます」とお礼を言ったら、ガン見されたんだもの。怖かった。開いてるのか閉じてるのかわからない目でガン見されたんだもの。ちょー怖い。
それから、何かにつけて「名無しの」と呼び止められては私がビクッと脅えて立ち止まり、視線も合わさずに会話して別れ、その後友達に柳くんに話し掛けられてその態度は何事かと叱られる日々。可哀想。わたし可哀想。

「って、感じなんだけどどう思う」
「話が長すぎてわからんぜよ」

プピーと鳴るヒヨコのオモチャを片手に至極どうでもよさそうにするこの男。仁王雅治、私の幼なじみである。腹が立ったのでオモチャをブンどってやろうかと思ったが周りの女子から「仁王くん可愛いー!」「ヒヨコ好きなのかな?」とか聞こえてきたので止めておく。やっぱり廊下で話すんじゃなかった。目立って仕方ない。

「可愛い子アピールやめて」
「プリッ。俺の勝手じゃろ」
「そうやって何人か弱い女の子を餌食にしてきた」
「人聞き悪いのぅ」

悪びれもせずヘラヘラして、周りの女の子に流し目を送ると歓声が上がった。チャラい。チャラいなこいつ。小さい時はこんなんじゃなかったのに。喋り方も髪型も普通で目がクリクリとした可愛らしい男の子だったのに、今ではよくわからん方言で喋るし髪の毛は銀色に染めるし目つきは悪いし。良いところが見当たらない。

「女遊びもほどほどにしないといつか後悔するよ」
「そん時は名無しになんとかしてもらう」
「しね」

都合の良いときだけ頼りにするな、と言うとお互い様じゃろ、と返されて納得してしまった。悔しい。

「ほんで?参謀が嫌いなんはわかったけど俺にどうして欲しいんじゃ」
「彼を私に近付かないように説得して下さい」
「面倒くさい。却下」
「くっ…!」

やっぱり駄目か…。グッと手を握って全身で悲しさを表現していると頭をポンと叩かれたので視線を向ける。するとニヤリとした顔で「お前さんじゃ参謀からは逃げられんぜよ」と言われて、ゾッとした。青ざめる私をよそにチャラ男は「お守りナリ」と言ってヒヨコを押し付けてどこかに消えていった。次の授業をサボるために保健室にでも向かったのだろうが、呼び止める気にもならない。
チャラ男が立ち去って暫く呆然としていたがこのままボケッとしていても何の解決にもならないと、ため息をついて動き出した途端、人にぶつかった。グラリと傾く体をぶつかった人が支えてくれたので、お礼を言おうと視線を向けて、フリーズした。

「大丈夫か?」
「………や、柳くん……」

なんてタイムリーな人だ。そうそう人にぶつかることなんてないのに、ここ最近柳くんにぶつかってばかり。なんてこった。柳くんどうこうの前に自分のぼんやり癖をどうにかしなければ。と頭の片隅で考えつつお礼を言うために口を開こうとしたら、凄い勢いで肩を掴まれた。

「危ないだろう。転んでケガでもしたらどうする。顔に傷がついたらどうするつもりだ。ぶつかったのが俺だから良かったものの、他のやつだったら支えられなかったかも知れない。そうなると転んでケガをする確率は48%。半分程度とはいえ、ケガをする可能性としては高い。気をつけろ」
「……は、はぃ。すみませんでした……」

怖い。マシンガントークだった。あと肩痛い。離して欲しい。話し終わったのになぜ離してくれないんだ。怖い。何が怖いって顔が怖い。開いてるのか閉じてるのかわからない目が一番怖い。その目でガン見とかほんと怖いんで勘弁してください。
肩を掴まれてガン見されるというこの状況に私の頭はパニックになる。何かすがるものはないかと思ったら、チャラ男から貰ったヒヨコが手の平にいたのでそれを両手でギュッと握りしめると柳くんの視線が私の顔からヒヨコに移動した。

「それは……仁王のオモチャか?」
「は、はぃ…」

更に強くギュッとヒヨコを握りしめる。と、肩を掴む力がだんだんと強くなってきた。痛い痛い痛い痛い。力つよいな。痛い。さっきケガうんぬん言って人の心配してたわりになんだ突然。痛いよ。
思わず顔が歪む。するとハッとしたように柳くんは肩から手を離してくれた。

「す、すまない。大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です…」

本当は痛いけどそんなこと言えるわけもなく、大人しく頷いておく。とりあえず肩は解放された。早くお礼を言って立ち去ろう一刻も早く。そう思っていると柳くんがトンチンカンなことを言い出した。

「肩は大丈夫か?」
「あ、はい、だいじ」
「いや、そんな筈はない。かなりの力で握ってしまったからな。日常生活にも支障が出るだろう。こうなったのは俺の責任だ。肩が治るまでお前の面倒を見よう。そうだ。それがいい」
「………」

なにを言っているんだこの人。思わず私がガン見してしまう。柳くんは至って真面目な表情で頷いている。
え?なに?え?この人思考回路どうなってんの?おかしい。おかしいよ。誰か助けて。

「安心しろ。俺がちゃんと面倒を見る」
「やめてください」

恐怖のあまりヒヨコを柳くんに投げつけて走って逃げた。
その日の晩、チャラ男から「人がやったお守りを」とクレームの電話が来たが「それどころじゃない。助けて」と言うと「諦めんしゃい」と返されてしまった。


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