庭球のお話

□「いや。寂しい」
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深夜2時。明日は日曜日だが寝ることが大好きな私は早くもベットの中。だが、そんな私の眠りを妨げるように鳴り響く着信音。枕に顔を押し付けて無視しようとしたが、あまりにしつこく鳴るので渋々電話に出る。

「なに」
『さむい開けて凍え死ぬナリ』
「………」

携帯をブン投げたくなったがグッと堪えて、無言で電話を切る。あー……だっる。何なんだ、あいつ。絶対人が寝てるの知ってて電話してきてるからね。開けてってことは家の前にでもいるんだろうか。そういえば、寝る前に外見たら雪降ってたな…。あーもー、せっかく寝てたのに。
ブツブツ言いながらベッドから出て、玄関に向かう。外の照明を付けたら見慣れた人影が見えたので、カギとチェーンロックを外してドアを開けると、馬鹿たれが飛び付いてきた。

「さむいさむいさむい。開けるん遅い」
「うるさい」
「ひどい…」
「だまれ」
「ピヨ…」

あてつけように溜め息をつくと、抱き付いてくる腕の力が強くなった。
この馬鹿たれは幼なじみの仁王雅治。お隣さんでもある。抱きつき魔でくっつき魔で泣き虫で弱虫。小さい時から何かあるとすぐ泣いて、私や雅治のお姉ちゃんの後ろに隠れているようなやつだった。後から生まれた弟くんの後ろに隠れたことすらあった。

「えいっ」
「ひゃぁあ!何すんだバカ!」
「手ぇ冷たい」
「知るか離せ!」
「プリ…」

冷え切った手をパジャマの中に突っ込んできやがった!眠い中家にいれてやったのに何だこいつ!
すごく腹が立ったので、お腹にまとわりついた手を振り解いた。

「さむいー。さーむーいーよ」
「………」
「なあ名無し、俺寒いんじゃけど」
「………」
「あったかいコーヒー飲みたい」
「………」
「ダメ?」
「………」
「………お願い」

はい出ましたー。この「お願い」は小さい時から雅治の定番フレーズ。雅治にこのフレーズを言われて私は断れた試しがない。だって、顔が捨てられたら子犬みたいなんだもん。良心が痛むというか、むげに出来ない。
再び溜め息をついて、雅治に背を向けキッチンへ。後ろから嬉しそうに馬鹿たれがついてくるのを感じるが、ここで振り向いたら負けだ。せめて背中で怒ってるアピールはしておかなければ。
勝手知ったるなんとやらで雅治は我が家のことはなんでも把握してるので(逆もしかりで私も雅治んちのことはほぼわかる)マグカップを用意するように指示して、ケトルに水を入れてお湯を沸かす。

「名無しも飲むじゃろ?」
「うん」

私と自分(我が家には雅治の食器がある。逆もしかり)のマグカップにコーヒーの粉を入れる雅治の指先が赤くなっているのを見て、そんなに長い間待たせただろうかとぼんやり考えている間にお湯が沸いた。

「はい」
「ん」

マグカップにお湯を入れ、雅治に渡す。そのままソファに座ったら雅治も隣に座った。

「ふーふー」
「それ冷ましてるっていうの?」

雅治のふーふーは口に出して「ふーふー」と言っているだけで絶対冷ます効果はないと思う。小さい時から言ってるけど未だに直らないから、もうこれは癖なんだろうな。そういえば、なんでこんな夜中に来たんだろう。うちに来るなら家に帰ればいいのに。


「ていうか、なんでうち来たの」
「家、開いとらんかった」
「鍵は?」
「チェーンロックかかってた」
「あぁ…」

そういえば昼間、弟くんが女の子を家に連れ込んでたっけ。おばさん達はうちの親と旅行だし、雅治さえ家にいなければ彼女と2人っきりだもんな。弟くんも大きくなったもんだ。
感心していると、飲み頃になったコーヒーをちびちび飲みながら雅治が話しかけてきた。

「寝とった?」
「バッチリ」
「すまんのぅ」

悪びれた様子一つない謝り方されてムカついたので、雅治の足を軽く蹴ったら暴力はいかんぜよ、と言いながらこちらにもたれかかってきた。

「重い」
「んー」
「んー、じゃない」
「じゃって寒いもん」
「もん言うな」
「プリ、」

仕方がないのでくっついたままでいてあげることに。その体制のままだらだらお喋りしている間に、コーヒーと暖房のおかげで雅治の指先も元通りになってきたようだ。
飲み終えたマグカップをテーブルに置いて、立ち上がる。

「どこ行くん?」
「寝る」
「俺も寝る」
「雅治はここで寝な」
「いや」

慌てて立ち上がって腰にまとわりついてくる雅治。すごいウザイ。でもここでウザイって言ったら余計ウザイことになるので放置。腰に馬鹿たれをくっつけたままベッドへ向かう。途中、トイレにまでくっついて来ようとした時はさすがに殴った。
ベッドに入って布団にくるまると、お腹には腕が、足には足が絡みついてきて寝苦しいったらない。

「狭い。あっちいけ」
「いや」

いくらシングルベットでも、ここまでくっ付く必要ないだろ。苦しいんだよ。離せ。肘で雅治の胸辺りを押すがびくともしない。

「ちょ、本気で離れてってば」
「いや。寂しい」
「しね」

思わず本音がでた。雅治がひどいとかなんと言っているのが聞こえるが無視していたら、いつの間にか寝てしまっていた。次の日、寝違えたのは言うまでもない。



(寝違えたんだけど)(大変じゃな)(誰のせいだ誰の)(プリ、)(誤魔化すな)(ピヨ)(しね)(ヒドい…)

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