庭球のお話

□「好き、なんだけど」
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「あ、除夜の鐘」
「お、マジだ」

コタツに入ってテレビを見てたら、かすかに聞こえてきた除夜の鐘。もう年が明けるのかとぼんやり思う。
隣であぐらをかいて座るブン太と二人で年越しするのも、もう何年目になるだろう。まぁ、初詣に行くわけでもなく、我が家でガキ使見ながらお菓子を貪り食うだけの年越しだけど。親たちはブン太んちで酒盛り。弟ズは友達と初詣に行ってしまった。
幼なじみでお隣さんで家族ぐるみで仲よしのこいつと、いつまで二人で年越しをすることになるんだろうか。

「ガキ使も毎年すごいよね」
「だな。ネタ切れ感がするけど」
「とか言いながら毎年見てるじゃん」
「面白ェもん」
「確かに。あ、チョコパイ取って」
「お前チョコパイばっか食いすぎ」
「いいじゃん」
「俺の分無くなるだろ」
「いいじゃん」
「良くねェし」

けち、と言うと鼻で笑われた。ムカつく。腹いせにブン太のイチゴポッキーを奪う。

「てめ、返せよ!」
「一本ぐらいイイじゃん」
「俺の貴重なイチゴポッキーだぞ」
「代わりに、私の貴重なアルフォートを一つ恵もうじゃないか」
「うむ。くるしゅうない」

満足げにアルフォートを頬張るブン太に、単純だなと思う。ポテチを開けて二人の真ん中に置く。

「でた。コンソメ」
「コンソメが一番だよ」
「一番はダブルコンソメだろぃ」
「いや、あれはクドい」
「お前は何もわかってねェ」
「ブン太のほうがわかってないし」

つーか、文句あるなら食べるなよ。ちゃっかり左手でポテチ持ちやがって。

「あ、お蕎麦食べた?」
「まだ」
「じゃんけんで負けたら作るって、どう?」
「アリだな」
「いざ、尋常に勝負」
「俺の天才的な妙技みせてやるぜ」
「たかがじゃんけんに妙技て」

じゃーんけーんぽん、で私はパー。ブン太はチョキ。敗者、私。

「うっわ」
「どうよ、天才的ぃ?」
「じゃんけん強いやつってバカなんだって」
「おい」
「ちっ。しゃーねー。作るか」
「俺大盛りで」
「はいよ」

台所で年越しそば作り。作ってる間ブン太は二回も覗きに来た。そんなに気になるなら自分で作ればいいのに。

「ほーい」
「お、海老天」
「いいっしょ?」
「最高」
「ふははは」
「笑い方キモイ」

ちゅるちゅると二人で蕎麦をすする。二人揃って視線はテレビ。蕎麦を食べながら笑えないので軽く罰ゲームな気分。

「つーかさ」
「うん」
「もう何年目よ、俺ら」
「何が」
「一緒に年越すの」
「中学からだから……十年、とか?」
「もはや恒例行事だな」
「だね。しかも十年は二人でってだけで、家族入れたら生まれてからほとんど一緒だからね」
「………………。そうだな」
「え、なに今の間」
「………」
「おい、無視か」
「………」
「おーい」
「………あのさ」
「なに」
「今から真面目な話するから」
「あ、テレビつけててよ。ガキ使まだ見てたのに」
「録画してんじゃん」
「えー、リアルタイムでも見たい」
「とりあえずガキ使はいいから。ちゃんと聞けって」
「……なに」

テレビが消えたリビング。かすかに聞こえていた除夜の鐘と蕎麦をすする音が、さっきより大きく聞こえる。
ブン太が真面目な話か…。中学ん時以来だな。同じクラブの子が病気になったとかで悩んでた時に真面目な顔して相談されたっけ。

「好き」
「ん」
「好き、なんだけど」
「なにが?」
「お前が」
「わーお」
「………」
「え、なに。ガチ?」
「ん」

ブン太を見るとこっちを見ていた。よく知っているはずの、見慣れたはずの顔なのに、なぜか全然知らない人の顔に見えて、少し恐くなる。

「え、なに急に」
「急じゃねェ」
「急じゃん」
「俺的には急じゃない」
「私的には急なんだよ」

急すぎる。なんで?いつから?いつからそう思ってた?ていうか本気?いつもの冗談じゃないの?
そう思っても口に出せない。だってブン太の顔が真剣だから。
顔を見ていられなくなって、ブン太から視線を逸らす。

「……。蕎麦飽きたわー。食べる?」
「おい、無理やり話そらすな」
「イヤだ、そらす」
「やめろ」
「イヤ」
「名無し」
「………」

お箸から手を離す。食べる気がしない。お腹いっぱいになったみたいだ。まだ蕎麦も海老も半分しか食べてないのに。
海老の尻尾を見つめながら、言う。

「なんで言うの」
「は?」
「気まずくなるとか思わなかったの?」
「………思った」
「じゃぁ」
「思ったけど。気まずくなってもイイからちゃんと言わねェと、いつまでもこのままじゃん」
「………」

このままでいいじゃん。何がイヤなの。ブン太のバカ。

「なに。そんなに嫌なのかよ」
「イヤだよ」
「なんで?」
「どうすんの」
「なにが」
「幼なじみならずっと一緒にいれんじゃん」
「は?」
「付き合ったら、別れるか結婚するかしかないじゃん」
「………」
「私はブン太とずっと一緒にいたいんだよ」
「………」
「やめてよ…」

ずっと一緒にいたい。このままでいい。このまま家族みたいな関係でいれば、ずっと一緒じゃん。

「名無しってさ」
「………なに」
「バカだよな」
「ケンカ売ってんのか」

睨むとニヤニヤ笑うブン太と目が合った。見慣れたブン太だ。良かった。さっきのブン太は消えたみたい。

「いつから?」
「は?」
「いつから俺のこと好きなんだよ」
「一言も好きとか言ってないけど」
「好きじゃん」
「しね」
「俺も名無しとずっと一緒にいたいと思ってるし」
「じゃぁ、このままでいいじゃん」
「ダメだろ。つーか、無理」
「………」
「別れるか結婚するしかないんならさ」
「………」
「結婚すればいいじゃん」
「うわ、ブン太ってバカ?」
「天才的だろぃ?」

二カッと笑うブン太に生まれて初めてドキッとしたのは、一生の秘密。

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