庭球のお話

□避けられる話
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丸井くんが好きだ。天真爛漫で甘いもの好きでいつもみんなと楽しそうにしていて笑顔がとても素敵で。初めてお喋りして笑顔を向けられて以来、片思いしている。
だというのに、私は丸井くんに嫌われている。友達に相談したら被害妄想じゃない?と冷たくあしらわれたが、断じて被害妄想じゃない。
私が名前を呼ぶと明らかに挙動不審になるし、みんなが丸井くんと喋ったり騒いだりしている所に私が近づくと途端に大人しくなるし、この前は丸井くんが落とした消しゴムを拾って渡そうとしたら、奪い取ってそそくさと走り去されたし。あれはさすがに傷ついた。
そして今日はこれ。調理実習で丸井くんと同じ班になったので、隣に座ろうとしたところ(席がそこしか空いてなかった)勢い良く椅子を離して距離を取られた。露骨な態度に同じ班の子たちは驚いて顔を見合わせていた。気まずい空気が流れる。ヒソヒソと周りの子たちが「え、なに?」「丸井くん名無しのさんのこと嫌いなの?」と言う声が聞こえてきて、思わず泣きそうになるがグッと堪える。そんな中、仁王くんだけはニヤニヤしていた。私が丸井くんに嫌われているのが面白いんだろう。

「じゃ、以上で説明は終わり。気をつけながら調理して下さい」
「「「はーい」」」

先生の号令と共に各自動き出した。どうしようかと周りを見渡しながらエプロンと三角巾をつけていると仁王くんがニヤニヤしながら近づいてきた。

「名無しのさん。俺ら玉ねぎ係な」
「うん。わかった」

仁王くん意外にやる気らしい。絶対手伝わないと思ってたのに予想外だ。
仁王くんが持ってきた玉ねぎを二人で剥いていく。他の子たちもお米をといだり、ジャガイモの皮むきをしているようだ。

「名無しのさんってブンちゃんのこと嫌いなん?」
「えっ!」

ガコンッ!

盛大な音がした。驚いて音の方を見ると、丸井くんがお米の入ったお釜をシンクに落としたようだ。幸いにも中身はこぼれていないようで、セーフセーフとアピールしている。
騒ぎを目の端で写しながら、仁王くんに返事をする。

「いや、嫌いじゃないよ。全然、うん」
「でも、さっきブンちゃんの態度にすごい顔しとったぜよ」
「あー、ちょっと傷付いたから(泣きそうだったとはいえない)……」
「傷付いたん?」
「あんな露骨に避けられたらさすがにね……」

ふーん、と言いながらニヤニヤする仁王くん。さっきからニヤニヤし過ぎだと思う。こんな人だったっけ?もっとポーカーフェイスだった気がするんだけど。

「これもう飽きた。ブンちゃん代わってー」
「はぁ!?」

うわー……仁王くんって自由人だなー…。出来れば丸井くんと代わってほしくない。また避けられて傷付くのが目に見えてるから。それに、まださっきの椅子離し事件から立ち直ってないし。丸井くんも仁王くんに噛みついているようだ。そりゃそうだろう、誰が嫌いなヤツと同じ作業をしたがるというんだ。
恐らく丸井くんは代わらないだろうな、と思っていたが仁王くんに何か耳元で何か言われたらしく、渋々といった様子でこっちに来た。何を言ったんだと仁王くんに視線を向けるとなぜかウィンクが返ってきて、すごくイラッとした。意味不明なんですけど。嫌がらせかこのやろう。さっき丸井くんの態度に傷ついたって話したとこじゃないか。

「「マジありえない…」」
「「え」」

わー……気まずい……。いつの間にか側にいた丸井くんとハモってしまった。丸井くんがこちらを向いてフリーズしていたので取り繕うようにへらりと笑うと、目を見開いたてグインと顔を背けられた。
うっわぁ、傷付く…。ブサイクが笑ってすみませんでした…。
涙目になりながら調理を再開する。ほんと傷付くなぁ…。私一体何したんだろう。なんでこんなに丸井くんに嫌われているのかな。特に思い当たる節はないんだけどなぁ…。知らず知らずのうちに何かしてたのかなぁ…。
ネガティブな事ばかり考えていたら、玉ねぎのせいなのか、悲しみのせいなのか、どちらともつかない涙がこみ上げてきた。我慢しようとするが止まりそうにない。瞬きの拍子にポタポタと涙が手の甲に落ちてしまった。慌てて目をこするが今度は目が痛くなって開けれなくなったので、水で洗おうと蛇口を手探りで探していると、誰かが濡れタオルを渡してくれた。

「あ、ありがとう」
「よかよ。名無しのさんも可哀想にのぅ。ブンちゃんにイジメられて」
「え」

その声は仁王くんか。やめてくれ。別にイジメられたわけじゃないし。丸井くんに迷惑かかるし余計なこと言わないで。
否定しようとタオルから顔を離そうとしたら、なぜかタオルに顔面を押し付けるように頭を撫でてきた。いや、押し付けられているから撫でられてはいないのかもしれないが、周りから見れば撫でているように見えるだろう。実際はナデナデよりグリグリといった力だけども。

「ぐぇっ!」

突然首もとを引っ張られた。仰け反るようにして仁王くんから離れる。どうやら丸井くんが引っ張ったらしい。手伝いもせず、自分がイジメていると勘違いされて怒っているのだろうか。謝ろうと顔を向けたが、丸井くんは仁王くんを睨んでいて声を難い。

「………」
「あの、丸井くん…?」
「黙ってろ」
「ハイ」

怖い。声が怖かった。顔もいつもの雰囲気じゃない。怖かった。
横で見てる私がこれだけ怖いんだから睨まれてる仁王くんは相当怖いだろうと思ったが、当の本人はニヤニヤしていた。うわ、全然怖くなさそう。

「なんじゃブンちゃん」
「こいつに触んな」
「ブンちゃんには関係ないじゃろ」
「は?」

ひぃ…!怖い…!一体何事だ。なんで突然ケンカしてるの?怖いよやめて。ていうか、周りを見て下さい二人とも。同じ班の子たち困ってるし、周りの子の注目も集めちゃってるし、とりあえず丸井くん離して。

「あの、ちょっと、」
「お前は黙ってろ」
「おーおー、そんな言い方したら名無しのさん怖がるぜよ」
「うっせェ。とりあえず仁王はこいつに近寄んな」
「なんで?ブンちゃんみたいにイジメて泣かしとらんのに」
「は?泣かしてねェし」
「さっき泣いとったぜよ。な?」

二人がこっちを見てきた。仁王くんさっきの見てたのか…。まぁ、見てたから濡れタオルくれたんだろうけど。ここは否定しないと。だってここで泣いてるとかいったら丸井くんがイジメてたみたいになる。それは駄目だ。

「いや、泣いてない泣いてないから。アレは玉ねぎが目に染み」
「名無しのさんは健気じゃのぅ。泣かされたのに庇うとか」
「マジでいい加減にしろよ仁王」
「なんで?実際泣いとったし」
「違うって本人が言ってんだろぃ」
「ブンちゃんを庇う言い訳じゃろうな」
「……お前マジで何がしたいわけ?」
「そろそろ素直にならんと取り返しつかんようになるぜよ」
「は?ほんとお前何言って…」
「名無しのさんのことが好き過ぎて側におるだけで挙動不審になって、顔もよぉ見れんくて、話したくても緊張してよぉ話さんて、素直に言ったらどうじゃ」
「バッ、おまっ!やめろ!!!」
「恥ずかしいからって避けて、好きな相手傷付けてどうするん?」
「………」

………え。なに…?どういうこと?丸井くんの顔を見たら耳まで髪の毛の色と同じぐらい真っ赤になっていた。混乱する頭で声をかける。

「ま、丸井くん…」
「いや、ちょ、ちが、いや、違わねェんだけど、ちょっと今無理、ちょっと待て」
「え」
「あー、疲れた。俺の役目終わりでいいかのぅ」
「おおおおお前一体マジで何なんだよ!」
「幸村に命令されたんよ。『ブン太のケツ叩いてきてよ。何時までもウジウジして部活疎かにされたらたまんない』じゃと。あー、疲れた」
「マジありえねェ!!」
「あとは自力で頑張りんしゃい」

そう言って仁王くんは周りの子たちに「はーい、見せ物終わり。作業さいかーい」と嘘臭い笑顔を振りまいていた。
丸井くんはというと、混乱する私に「と、とりあえずちゃんと話すから!あとで!放課後!絶対!だから帰んなよ!」と真っ赤な顔のまま言ってきたので、ドキドキしながら頷いた。早く放課後になればいい。


エンド!

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