庭球のお話

□「もう暴れねェのか?」
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幼なじみが目立ち過ぎて辛い。
私自身は普通の一般家庭に産まれたのだが、両親があの有名な跡部財閥の跡部邸で働いていたため、同い年の子供だわとはしゃぐ奥様に目をつけられて、赤ん坊の時から景吾と一緒にいた。
英才教育を片っ端から受ける景吾とのんきに遊び回る私。正反対の二人だったが、小さい頃はそれなりに仲良くしていたと思う。奥様曰わく景吾はお稽古事の合間に私と遊ぶのをとても楽しみにしていたらしい。小学校に上がる時は景吾がイギリスに行くと知って少し悲しかったが、子供心に景吾とは世界が違うからな、と思ったのを今でも覚えている。同じ学校には通えなかったけど、長期休みで帰ってくる度に景吾がうちに来て「遊んでやってもいい」と偉そうに誘いに来たりしたから、小さい頃となんら変わらず二人で遊んだりもした。
小学校中学年…いや、高学年ごろからだろうか。景吾がおかしくなったのは。小さいころからの英才教育のせいでかなり偉そうな幼少期だったが、この頃から爆発的に偉そうになった。自分のことを俺様って呼ぶわ、指パッチンでミカエルさん(景吾の執事)にお茶を持ってこさせるわ、目つきは悪くなるわ。上げれば切りがない。
そんな景吾がとても嫌だったので(だって実際すごいよ?本気でドン引きだからね)なるべく関わらないようにしていたのだが、ミカエルさんはもちろん、うちの両親、景吾の両親、その他使用人の方々から妨害されて全て無駄に終わった。さらに、公立中学を受験するつもりだった私に景吾が手配した家庭教師が来て、氷帝に入学させるために猛勉強させられた。氷帝なんか入学金とか授業料高すぎて通えないという私の意見は、お前がそれなりの成績さえとれば特待生制度があるから心配いらねェ、と論破された。あの時、素直にあんたと同じ学校に通いたくないと言えば良かった。
家庭教師と周りのサポートのせい…もとい、おかげで氷帝学園に入学してから悲惨の一途を辿る毎日。入学式で声高らかに「俺様がキングだ!」と宣言する景吾にドン引きして、学校では絶対近寄らないようにしようと堅く心に誓ったのに、バカ景吾が生徒会の副会長なんかに任命しやがった。廊下に、名無しの 名無しを副会長に任命する、と景吾直筆の張り紙が出されて、女の子は絶叫するわ、男の子からはあいつ跡部の女かみたいな扱いを受けるわ、女の子から因縁つけられるわ、友達出来ないわ…。まぁ、男の子からビミョーな接し方をされるのも、友達が出来ないのもまだいい。許容範囲内だ。問題は、飽きもせず繰り返される私への嫌がらせ。上履きはボロボロにされーの、教科書はボロボロにされーの、体操服はボロボロにされーの、陰口は叩かれーので、私の心は疲労困ぱいしている。それも全部……

「あんたのせいで大変なんだっての!」
「ギャーギャー騒ぐな」
「誰のせいで騒いでると…!」

握り込んだ拳がぶるぶると震える。景吾の隣でミカエルさんが必死に落ち着けとジェスチャーしてくるのが見えたので、とりあえず深呼吸しながら席に着く。

「今度はなんだ」
「上履き様が犠牲になりました」
「またか。……何足目だ」
「26足目」
「……懲りねェやつらだな」

ほんとにね、と頷きながらミカエルさんが入れてくれた紅茶を飲む。樺地くんがいれてくれるのも美味しいけど、やっぱりミカエルさんがいれてくれる紅茶は世界一だ。

「新しい靴を準備しておく」
「靴はいらない」
「アーン?いらねェのか」
「うん。だから、副会長辞めさせて」
「駄目だ」
「なんで?」
「俺様が直々に任命してやってんだぞ」
「頼んでないし」
「毎日俺様といれて何が不満だ」
「毎日一緒にいるのが不満なんだよ」

ばっかじゃないのこの人。私の今までの話聞いてなかったのか。あんたに関わるからロクなことないって言ってんの。理解しろよ。バカか。

「あんたのせいで上履き26足も犠牲になってるんだけど」
「あぁ、尊い犠牲だな」
「尊ばなくていいから解放して」
「却下だ」
「なんでぇえええ!」

ギャーッとソファの上で暴れる。呆れ顔でこっちをみる景吾にバーカバーカと言うとハッと笑い飛ばされた。景吾から視線をそらして、ぐりぐりとクッションに顔面を押し付けて深くため息をつく。

「………景吾」
「なんだ」
「…ごめん」
「アーン?」

本当は、景吾が悪いんじゃないってわかってる。良くも悪くも目立つ景吾は、良くも悪くも皆に関心を向けられ易い。女の子たちに無駄にモテるのも景吾のせいじゃない。それに、嫌がらせを止めさせようとアレコレと手を回したりしてくれているのも知っている。ただ、こうも毎日毎日「あんたなんかが跡部様と一緒にいるんじゃないわよ」とか「庶民が出しゃばらないで」とか言われると、どうしても怒りのベクトルが景吾に向いてしまうのだ。景吾が一緒にいなければこんなこと言われなかったのにって。でも、元を辿れば景吾は何も悪くないんだよ。それなのに八つ当たりする自分って本当最低…

「いきなり大人しくなったじゃねェか」
「………」
「もう暴れねェのか?」
「………」
「暴れてスッキリすんなら好きなだけ暴れとけ」
「………」
「変な気ぃ使ってストレス溜めて、死なれる方が面倒だからな」

こんなんで死ぬわけないだろ。バカじゃん。毎回毎回私がこうやって嫌がらせされる度にブチ切れて暴れても怒らず側にいたのは、そんなこと思ってたからか。……ちょっとキュンしたけど絶対教えてやらない。調子に乗ってドヤ顔されそうだから。
胸の動悸を誤魔化すように、クッションから顔を上げてイーッと変な顔をしながら返事をする。

「誰が死ぬかバーカ」
「誰にバカって言ってんだ」
「景吾にだよ。マクドナルドの略称も知らないくせに」
「俺様を誰だと思ってやがる。それぐらいリサーチ済みだ」
「じゃ、言ってみ」
「まっく、だろ?」
「いや、うん…。あってるけど発音が怪しい。マックね、マック」
「まっく」
「マック」
「まっく」
「もう諦めようか」

どことなく悔しそうにする景吾を見て、もうしばらく副会長してやるか、と思った。

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