庭球のお話

□腐女子の話
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下僕生活が始まって二週間。朝はモーニングコールをして仁王くんを起こし、授業中は仁王くんのノートも取り、移動教室の時には荷物持ちをし、お昼は自分のお弁当を献上するか購買にパンを買いに行き、放課後はマネージャー業をして。こんな感じで四六時中仁王くんと一緒にいる生活にゲッソリしている。
しかも女の子たちから反感を買ってしまったようで、数日前、仁王くんのファンクラブの方々から呼び出しを受けた。ギャル達に周りを囲まれ、リンチされるとガクブル震えていたら仁王くんが助けに来てくれたのだが、助け方が良くなかった。なんで仁王くんがここに!と動揺するギャル達に向かって「俺の彼女に何の用じゃ」ととんでもないこと言ったのだ。「彼女ってどういうことよ!」とぎゃいぎゃい言うギャル達に「付き合っとんの。じゃから邪魔せんでな」と平然と言ってのける仁王くんを見て卒倒するかと思った。

「何ボケッとしとるんじゃ。タオル」
「ハイ、スミマセン」

いけない。ぼんやりしてたら仁王くんが戻ってきていた。今は部活中。しっかりマネージャー業をしなければ何されるか…。
恐怖で口元が引きつるのを感じながら仁王くんにタオルを渡す。

「ドリンクどうぞ」
「ん」

私は基本的に仁王くんには敬語である。前までは普通に話していたが下僕生活とともに敬語になった。仁王くんは「なんで敬語?」と少し不満そうだった。下僕自ら敬語を使っているというのに何が不満だったのだろう。疑問だ。

「名無しのさん、俺にもタオルくれない?」
「あ、うん。はい」
「ありがとう」

キラキラと光り輝く笑顔を浮かべて汗を拭うのは幸村くん。あまり話したことはないが、練習中の魔王様っぷりを見ているとあまり関わり合いになりたくない人物である。仁王くんといい幸村くんといい顔面が良い人はどこかしら性格に難がある気がする。

「フフフ、そんなに見つめられたら照れるな。顔に何か付いてる?」
「あ、ごめん。何もな、ブッ!」
「タオル返すぜよ」

スゴい勢いでタオルを投げつけられた。いくらタオルといえどもこの勢いで顔面に当たると痛い。ヒリヒリする顔を抑えながら仁王くんの後ろ姿を見送っていたら幸村くんがクスクス笑っていた。

「何かおかしかった?」
「いや、仁王のヤキモチが可笑しくて」
「ヤキモチ?」

どこが?下僕がボケッとしてたのが不愉快だっただけでしょ、と言ったら、仁王も報われないなと返されて、頭の中に?マークが散らばったが気にしないことにした。
幸村くんや柳くんはこういう不思議なことをよく言う。仁王は君のことが好きなんだよー、みたいな。仁王くんと私が一緒にいるのは私が下僕だからで他に他意などないのに困った人たちだ。誰が腐女子とわかっている女を好きになるというのだろう。勘弁してもらいたい。まぁ、幸村くんも柳くんも私が腐女子だと知らないから仕方ないか。

幸村くんからタオルを預かって、他の部員たちのタオルも回収していたら、柳生くんと仁王くんが話しているのが目に入った。柳生くんは何やら怒っている様子だが仁王くんはヘラヘラして気にも止めていないみたいだ。
あー…、柳生くんも大変だろうな。あんなワガママ放題の仁王くんが相手だなんて。どうしてあの二人がペアなんだろう。

「仁王が気になるか?」
「あ、柳くん」

ノートを片手に持った柳くんが横に立つ。ケンカ?中の二人を見ながらノートに何か書き込んでいる。あの光景のどこからデータが取れるんだろうか。あ、そうだ。データマンの柳くんならあの二人の馴れ初め知ってるかも。

「ねぇ」
「ん?」
「あの二人でなんでペアになったの?」
「理由は知らないが仁王が柳生を気に入ってな。口説き落として来たんだ」
「………」

く、口説き落としてきた…だと…?え、ということは、仁王くんって柳生くんのことが好きなの…?口説き落としてまで一緒にテニスしたかったの?今はあんなヘラヘラしてるけど、いざとなったら真剣な顔して「俺とペアになってくれ!」みたいな?柳生くんも柳生くんで最初は全然やる気なかったけど毎日毎日仁王くんが口説きにきて、いつの間にか好きになってたりしたの?あんな風に怒ってるのも愛情の裏返しなの?…ヤバい。仁王くんと柳生くんヤバい。どうしよう…!萌える…!

「……名無しの?どうした?」
「な、なんでもない…」
「?具合が悪そうだが…」
「全然大丈夫。私、これ洗ってくるから。じゃ」

そそくさと側を離れる私に柳くんは首をかしげていたようだが、気にしていられない。あのままあそこにいたら柳くんにまで腐女子だとバレそうなほど私の腐女子魂は萌え盛っているのだ…!
部室の裏にある洗濯機にタオルを放り込みながら、仁王くんと柳生くんのアレコレを妄想する。ニヤニヤが止まらない。最近マンネリ気味だった私の脳内に新しい風が吹き荒れている。早くこの萌えをノートにぶつけたい。忘れないうちに書き留めたい。……ちょっとだけメモってもいいかな…?
ポケットからマネージャー業のメモをとってある小さいノートを取り出し、ジャカジャカと萌えを書き連ねる。今なら柳くんの気持ちが分かる。彼もきっとこんな感じでデータを書き込んでいるに違いない。

「大丈夫か?」
「ぎゃぁぁ!」

ビリッとページを千切ってポケットに突っ込んで、恐る恐る振り返ると仁王くんが後ろに立っていた。私のポケットを不思議そうに見ている。動揺しながら口を開く。

「な、何か用ですか…?」
「参謀からお前さんの具合が悪そうって聞いたんじゃけど」
「……そ、そうですか」

くっ…。良心が痛む。心配してくれているのに私は彼を腐った目で見ているなんて…!ごめん、仁王くん。具合なんて悪くないんだ。あえて言うなら腐った発作が出ただけだし。全然心配することないんだよ。ほんとごめん。

「し、心配かけてスミマセン。でも全然だいじょ」
「さっき、何隠したん?」
「………」

ひぃ!やめて!聞かないで!そっとしといた方がお互いの為だよ…!
焦りながら「た、大したことじゃないんです!気にしないで!」と言うと怪訝な顔をされた。私が焦っているのが怪しいのだろうか。いくら腐女子だと仁王くんにバレてるとはいえ、まさか自分が登場する腐った話のネタにしているとは思うまい。バレたらドン引き間違い無しだ。それは駄目だ。さすがに私が傷つく。デリケートだから。

「さっきの出しんしゃい」
「………ム、ムリです」
「早く」

こ、怖い。なんか怒ってる?眉間に皺寄ってるし。下僕が反抗的だからムカついているのだろうか。
怯えながら仁王くんから一歩下がると、より形相が恐ろしくなった。思わず半泣きになる。

「なんで逃げるんじゃ」
「ス、スミマセン…」
「さっきの紙を出せば済む話じゃろ。早よ出せ」
「それはムリです」
「なんで?参謀宛てにラブレターでも書いとったんか」
「え?」
「さっき楽しそうに喋っとったからのぅ」
「ち、違います…!どっちかというと仁」

王くんの、まで言ってハッとした。
ヤバい!言い過ぎた!と思った時には時すでに遅し。ニャァと極悪な笑顔を浮かべる仁王くんに光の速さでポケットの中身を奪われた。うわあああ!と叫んだが仁王くんは「俺へのラブレターか」と言いながらそれを見た。

「やめて下さい見ないで!」
「何をそんなに焦っとるんじゃ。返事なら心配いら…」
「………」
「………」
「………」
「…これ」
「スミマセン!つい魔が差して!」

全力で頭を下げるが呆然と紙を見つめる仁王くんには見えていないだろう。ああああ、どうしよう。やっちゃったドン引き間違い無しだよおお。
もう一度謝ろうとした瞬間、仁王くんが狂ったように紙をビリビリに破り捨てた。そして鬼の形相でこっちを見て、私の頭をガッチリと掴む。

「いたたた!痛い!痛いです!」
「痛くしとるからのぅ」
「マジすみません!マジごめんなさい!」
「謝らんでもよか。お前さんが俺のことをどういう目で見とるかようわかった」
「スミマセン!つい、こう、萌えが…!」
「ほーぉ。どんな萌えじゃ。言うてみんしゃい」

えっ!言っていいの?!と言うと仁王くんがたじろいだ気配がしたがもう止められない。
いかに仁王くんが柳生くんのことが好きで、柳生くんも仁王くんのことが好きなのかを私の独断と偏見でベラベラベラベラ喋り続けたら、どんどん仁王くんの顔色が悪くなっていって最終的には「もうやめて」と懇願された。


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