庭球のお話

□「お前はいいんだよ」
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景吾と映画を観に来ている。生徒会の仕事を終えて、下駄箱で「帰るぞ」「一人で帰れるし」「バカ言ってんじゃねェ」「アンタと帰りたくないんだよ」「リムジンで帰れるのに何が不満なんだ」「目立つの嫌いなんだってば!」という不毛なやりとりをして、無理矢理車に乗せられて、ふてくされながら車の中で樺地くんが入れてくれた紅茶を飲んで、開けてもらったドアから出たら、目の前が映画館だったのだ。私に拒否権は無かった。何故突然映画なんだ、と思いつつ、規格外の景吾パワーにより貸し切りになっている映画館の中で景吾と二人きり。樺地くんは用事があるとかで先に帰ってしまった。

「くっ、……グズッ、」
「………」

ちらっと横を見ると景吾が口元を手で覆いながら泣いていたので、見なかったことにしてスクリーンに視線を戻すと、ちょうど病気で入院している飼い犬のところに主人公の男の子が会いに来たところだった。
景吾ってこういう動物系の映画とか大好きなんだよね。でも、だいたいそういうのって泣かしにかかってるような内容ばっかりで、だいたい観たら泣いちゃって「エリザベート(景吾の馬)がああなったらどうすれば…!」とか有りもしない想像して、痛いことこの上ない。一番ひどかったのはなんだったかな…あ、そうそう。フランダースの犬だ。パトラッシュが可哀想で号泣するわ、ネロが可哀想で号泣するわ、あげく「なんで誰もネロを助けてやらねェんだ!」てキレ始めるわ……あれは大変だった。景吾の部屋で二人で見てたもんだから、私が平然とした顔でテレビ画面を見てたら「お前は可哀想だと思わねェのか」ってうるさいうるさい。何回も見てたらさすがに泣かないっての。あんたは何回見たら泣かなくなるんだ。そろそろ慣れろ。泣きすぎ。そんで、極めつけは朝まで、どうすればパトラッシュたちを救えるのか談義をさせられたっけ。そんで、朝方に死ぬほど眠くて「正直そんなのどうでもいい」って言ったら「おまッ!この人でなしが!」って…。あれはダルかった…。

〜〜♪〜〜♪

私がぼんやり考え事をしている間にエンドロールが流れ始めた。あ、ヤバい。考え事してたせいで内容全然覚えてない。確か、男の子と子犬の話で……最後どうなったっけ?……ヤバい全然思い出せない!景吾に感想聞かれた時に「覚えてない」なんて言ったらまた人でなし呼ばわりされる…!
焦る私をよそに館内が明るくなっていく。あぁ、どうしよう、なんて言い訳しよう………とりあえずここから出て考えようかな。適当に「感動したわ」とか言っとけばあとは勝手に景吾がペラペラと喋るだろうし。
うぅん、と固まった体を伸ばして「そろそろ出ようよ」と言いかけて、口を閉じた。

「うっ、グズっ……」

え、まだ泣き止んでないの…?泣きすぎでしょ。そんな感動する内容だったの?軽く引きながら景吾に声をかける。

「ちょ、大丈夫?泣きすぎじゃない?」
「ばッ…!泣いてねェ」
「いやいや、号泣じゃん」
「泣いてねェ!」
「あぁ、うん、はいはい。泣いてない泣いてない」

強がりだな。仕方ない、泣き止むまで待ってやるか。もう一度座り直して残していたポップコーンに手をつける。ちょっと湿気ってきてるけど美味しい。やっぱり映画にはポップコーンだよね。
ちらっと景吾を見たら、泣き止んではいたが目が赤かった。私の視線に気づいた景吾が睨んできたので、ぷぷぷと笑ってやったらほっぺたつねられた。

景吾の目の赤みがなくなってから帰宅。景吾んちでミカエルさんが入れてくれた紅茶を飲んでいたら、ミカエルさんに「映画はいかがでしたか?」と聞かれた。

「あー、映画…。えぇっと、その……か、感動しました」
「そうですか。お気に召されたなら何よりです」
「ア、アハハ…」

くっ!ミカエルさんの笑顔がつらい。ちゃんと見てないなんて言えないよ。
私が心を痛めている横でニコニコ顔のミカエルさんは景吾にも感想を聞いていた。

「坊ちゃまもお楽しみになれましたか?」
「あぁ。まぁ、名無しほど感動しちゃいねェがな」
「はぁ?」

何言ってんだこいつ。私よりワンワン泣いてたくせに。バラしてやろうか。と思ったが一足遅かった。

「映画が終わってもこいつがなかなか泣き止まねェから、大変だった」
「おやおや、そんなに感動されたとは…」
「おかけで帰るのが遅くなっちまった」
「さようでございましたか。確かにいつもより時間が遅かったので心配しておりました」
「悪かったな、ミカエル」
「いえ、とんでもございません」

ほのぼのとミカエルさんとやりとりをする景吾に殴りかかりたくなった。
こいつ!自分が泣いてたこと人になすりつけやがった!あんたが泣いたせいで映画館から出るの遅くなったんだっての!

「ちょっと!泣いてたの景g」
「ミカエル、夕食の用意をしてこい」
「はい、かしこまりました」

ぺこりと頭を下げてどこかに行くミカエルさんを呆然と見送ってから景吾に掴みかかる。

「ちょっと!ミカエルさん勘違いしてんじゃん!私泣いてないんですけど!」
「そもそもお前がなんで泣かねェのか理解できねェんだが」
「知るか!あんたみたいに泣き虫じゃないの、って痛い痛い!」
「だれが泣き虫だァ?」
「景吾に決まっ、いたたた!痛いって!ほっぺた離せ!」
「絶対離さねェ」
「はぁぁああ?」
「とりあえず今日帰りが遅かったのはお前が泣いたせいだ。わかったか?」
「そんなに自分が泣いたことバレたくないのか!」
「当然だろ。この俺様がそんな恥さらせるか」
「じゃぁ、私の前でも泣くなよ!」
「お前はいいんだよ」
「はぁぁああ?」

次泣いてたら写メ取ってバラまいてやる!と叫んだら、こちょこちょされて死ぬかと思った。もう景吾と映画に行きたくない。

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