庭球のお話

□「さっさと起きろアホ!」
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「起きろ」
「……んん、…ぐぅ」
「おいコラ、起きろ」
「…んー、……すぅ…」
「さっさと起きろアホ!」

ドカッと背中に衝撃を受けてベッドから転がり落ちる。寝起きで頭が働かない。背中と膝と腕が痛い。ぼんやりしながら頭を上げるとベッドの反対側で蔵くんが仁王立ちしてるのを見て、目が覚めた。

「なななんでいるんですか!」
「お前が何時までも寝てるからおばさんに起してきてって頼まれたんや」
「だからって蹴り飛ばすこと……」
「は?起こして貰えたんやから感謝せぇよ」
「………」
「返事は?」
「ハイ、アリガトウゴザイマス」
「遅刻するからはよ準備して降りてこい。わかったな?」

バタンとドアを閉めて出て行った蔵くん。朝から最悪の目覚めだ。なんであの人がここに。ていうか、お母さんも部屋に入れないで欲しい。いくら幼なじみだからってもうお互い高校生なんだから配慮して欲しい。日頃から私がいかに蔵くんに虐げられてるか見てるはずなのに、起こすの頼むとかどうかしてるよ。普通に起こしてもらえるわけないじゃん。お母さんひどい。ブツブツ心の中で文句を言いながら、手早く制服を着ていく。長年の奴隷人生で染み付いた性か、蔵くんの命令には条件反射で反応してしまう自分にちょっと悲しくなった。
急いで用意を終えてリビングに顔を出すと蔵くんに「遅いわボケ」と罵られた。私には暴言しか吐かないくせにお母さんには「朝ご飯ごちそうさまでした」と笑顔を振りまいてるのを見て、お母さんは完全に蔵くんの外面の良さにやられているんだなと思いつつ、二人そろって家を出る。幼稚園から続く蔵くんとの登校。一度、中学校に上がった時に「別々に登校したい」とお願いしたら何やら逆鱗に触れたようで物凄い形相で睨まれたので、それ以来大人しく一緒に登校している。
登校の最中、蔵くん目当ての女の子たちがきゃぴきゃぴしながら「おはよー!」と可愛らしい声で挨拶をしてくる。それに対して、キラキラした笑顔で「おはよう」と蔵くんが返すと女の子たちは歓声を上げた。まるでアイドルのようだな、と思いながら自分の気配を出来るだけ殺して歩く。アイドルの隣を一般ピーポーが歩いていたら、やっかみの対象になるからだ。まぁ、いつも蔵くんの近くにいるから今更な感じはするが、なるべく目立ちたくはないし……そういえば面と向かってやっかみ言われたことはまだないなぁ。とぼんやり考えていたら後ろから軽く肩を叩かれた。

「おはようさん」
「あ、謙也くん。おはよう」
「今日の英語の予習やってきた?」
「うん」
「マジで!ちょっと後で見せてや」
「いいよー」

サンキューと笑顔で笑う謙也くんに自分も笑顔を返す。謙也くんは私の数少ない友達の一人だ。蔵くんと同じテニス部で私にも良くしてくれる優しい人。蔵くんに虐げられてる私からすれば癒し系な存在で、トーク力も抜群だから実は謙也くんと話すのが楽しみになっていたりする。

「あ、昨日のドラマ見た?」
「9時からやってたやつ?」
「そう!あの最後のやつって犯人なんかなぁ?」
「うーん、なんか逆に怪しい感じも…っ痛!」

後頭部を平手打ちされた。頭をさすりながら振り返ると蔵くんがいて、眉間に皺が寄りまくっていたので思わず謙也くんの後ろに隠れたら余計に怒られた。

「隠れんなコラ」
「すみません…!」
「まぁまぁ。なんでそんな怒ってんねん」
「……そいつがアホ面してるのがムカついた」
「まーたそんなん言うて。あんまイジメたらアカンで」

私と蔵くんの間に入ってくれる謙也くんに心の中でお礼を言う。やっぱり謙也くんは優しいなぁ、蔵くんとは大違いだ。蔵くんは私以外の人には愛想も良いし親切で優しいんだけど、私には鬼畜でしかないからね。小さい時はよく転ばされて泣いたし、小学校の時は大嫌いな虫を背中につけられて泣いたし、中学の時は下僕のように朝から晩までパシリにされて心の中で泣いたし。なんで蔵くんはこんな人なんだろう。みんなに向ける優しさの3分の1でいいから、私にも向けて欲しい。
ちらりと視線を蔵くんに向けると、バッチリ目が合って慌てて視線をそらしたが遅かった。

「お前今失礼なこと考えてたやろ」
「えっ!いやっ、そんなことないです!」

首をブンブン振って否定したが「その顔は嘘付いてる顔やな」とあっさりバレてしまって、首を腕でギリギリと締められる。

「ぐっ、ぐるじい…!死ぬ…!」
「これぐらいで死ぬかアホ」
「おい、やめたれって」
「謙也は黙ってろ」

謙也くんが止めに入ってくれた辺りから、更に腕の力が強くなってきた。真剣に苦しい。さっきから腕をタップしてるのに全然離してくれない。そろそろヤバいよ、マジで死ぬ…。

「白石はアレやな。好きな子ほど苛めるタイプやな」
「はぁ?何言うてんねん」
「やって、そう見えるし」
「どこが?全然やろ」
「素直にならな、後で後悔すんで」
「…………」
「なぁ、白石」
「何や」
「……そろそろ離したらんとマジで死ぬんちゃう?」
「あ」

ぐったりと座り込みそうになるのを謙也くんが支えてくれる。視線を上げたら蔵くんが険しい顔をしてこっちを見ていて、この人が私を好きだなんてありえないな、と思って深くため息をついた。

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