庭球のお話
□「俺もアレしたい」
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日曜日。買い物に行こうと家を出たら雅治とばったり会った。
「あ」
「名無し！どっか行くん？」
「うん、買い物」
「俺も行く」
「え」
「ダメ？」
いや、別に駄目じゃないけど…。ショボンとし過ぎじゃない？ていうか、買い物に行くんだよ？女の買い物なんて時間かかって大変なのにそれに付いて来るって変な子だな。
頭をぽりぽりかきながら口を開く。
「別にいいけど…服とか買うから長くなるよ？」
「ん！わかった！」
大きく頷いた弾みで束ねた銀色の髪の毛が跳ねる。なんか…髪の毛が一瞬尻尾に見えた。こう、嬉しくて尻尾振る犬…みたいな。
ちょっと可笑しくて、フッと笑ったらなぜか雅治まで嬉しそうに笑ったから余計可笑しかった。
お目当ての服を買うことが出来たので、少し休憩しにカフェに入った。二人でコーヒーを頼んで一息つく。
いやあ、買った買った。大満足。雅治には感謝しないといけないな。大人しく買い物に付き合ってくれたし、悩んでたら「こっちの方が名無しっぽいぜよ」とかアドバイスしてくれたし、荷物持ちまでしてくれたし。
カップを手にした雅治にお礼を言うと、首をかしげられた。
「なんでお礼？」
「買い物付き合ってくれたし」
「俺が勝手に付いてきたんじゃからええよ」
「でも助かったから。お礼にここおごるから」
「いらん」
「いや、おごるって」
「いらんって」
おごる、いらん、おごる、いらんを数回繰り返すと険悪なムードが流れ始めた。なんで拒否るのか意味がわからない。コーヒーの一杯くらい感謝の気持ちで奢らせて欲しい。まぁ、押し付けがましい感じはするけど、もうなんだか気持ち的に後には引けないし。会計の時は意地でも雅治に払わせないようにしよう、と考えていたら隣のカップルの会話が聞こえてきた。
「ハイさっちゃん、アーン」
「ん、美味しいー！たっくんに食べさせてもらったら美味しさが全然違うね！」
「そう？じゃ、俺にも食べさせて」
「いいよ！はい、アーン」
「ん、マジだ！美味しいね」
隣のテーブルで繰り広げられるイチャイチャに鳥肌が立つ。ドン引きだ。何？この人たち大丈夫？雅治も驚きで視線がカップルに釘付けになっている。そりゃ、横であんないちゃつき方されたらガン見するよね。でもあんまりそっち見ない方が…………ん？これ今チャンスじゃない？今のうちに会計しとけば奢れるじゃん！
ナイスアイディアとばかりに伝票を掴もうとしたら、雅治がこっちを向いたので一旦停止する。
「…………」
「………」
「……なに？どうしたの？」
「名無し」
「うん？」
「俺もアレしたい」
「…………」
…はぁ？アレってまさかアレ？チラリと隣のテーブルを見て雅治を見たら、こっくりと頷かれた。
「無理無理無理無理無理！」
「なんで？」
「無理だって！罰ゲームじゃん！」
「どこが？」
「えぇぇぇぇ…」
どこがって……全体的にだよ。なんであんな羞恥プレーをしなきゃいけないの。しかも雅治に。たとえ彼氏にだってアレはしないよ。こんな公共の場でこっぱずかしい。
有り得ない絶対嫌だからね、と言ったがむくれた雅治に、買い物に付き合ったお礼にアレして、と言われて思わず言葉に詰まる。
「………だ、だからお礼はここおごるってば」
「そんなんいらんもん。名無しとアレしたい」
「………」
「ダメ？」
「……ダメっていうか嫌っていうか…」
「お願い」
「………………」
ここでお願いはズルい…。その目やめて。私がその目に弱いの知っててやってるでしょ。しばらく雅治と見つめ合って、結局、私が折れた。
チョコサンデーを片手にスプーンを持つ。さっさと食べさせて終わらせようと「はい」とソフトクリームをすくったスプーンを差し出したら「違う」と言われてしまった。
「ちゃんと、あーんって言って」
「………」
ワガママ言うな！と叫びたかったが、ぐっと堪えて小さい声で「あ、あーん」と言うと雅治が「あ」と口を開いた。その顔がちょっと可愛くて癪だったので山盛りのソフトクリームを突っ込んでやる。
「んん！」
「こぼさないでよ」
「………(ヒドい)」
恨めしげに睨む雅治。これぐらいの仕返しは許して欲しい。べっと小さく舌を出したら、チョコサンデーとスプーンを奪われた。ちょ、まさか…。
「はい、名無しあーん」
「………」
…何コレ辛い。よく雅治はこんな恥ずかしいこと平気で出来るな。正気か？
「早く食べんと溶けるぜよ」
「…………あ」
恥ずかしさを堪えて口を開く。冷たいソフトクリームが口の中に広がる。笑顔の雅治を見ながら、次からは一人で買い物に来よう、と密かに決意した。
(名無しどこ行くん？)(ひみつ……ちょ、付いて来くんな)(いや)(私もいやだ)(なんで？)(………)(大人しくしとるから)(……)(もうアーンしてとか言わんから)(…約束出来る？)(ん！今日は言わん！)(今日はってなんだ！)