庭球のお話

□三本目
1ページ/1ページ

そばにいたい。

彼女の手伝いをした日。日も暮れそうだったし何より自分がまだ一緒にいたかったから、彼女を家まで送った。しきりに感謝の言葉を述べる彼女に、気にせんでいいぜよ、と言い続ける。本音を言えば、あまり感謝しないで欲しい。親切心で手伝いをしたり、送っているわけじゃないのだ。ただ彼女に一緒にいたいだけの邪な気持ちで動いているに、これほど感謝されると複雑な気持ちになる。

「ほんまに気にせんで良いぜよ。俺から言い出しとるんじゃし」
「いや、でもさ。お手伝いまでしてもらってその上送ってもらうとか…。うーん、何かお礼が出来ればいいんだけど…」

お礼なんていらん、と言おうとして止めた。一つの考えが脳内を過ぎる。もっと彼女と近付ける方法。嫌がられるかもしれないけれど……このチャンスを逃したくない。ぐっと手に力を入れて体を向けると、驚いた彼女は足を止めた。

「お礼はいらんから……また手伝いに行ってもいい?」
「え」
「………だめ?」
「う、ううん!また手伝ってくれるの?」
「! うん!」

嬉しさでニヤケる顔を必死に抑えていたら、待ってるねと笑顔で言われてしまって、我慢出来ずにニヤケてしまった。





「コレここでいいん?」
「うん。あと、これも」
「了解ナリ」

畑仕事を手伝うようになって、しばらく経つ。季節も冬が終わってもうすぐ春が来ようとしている。彼女は春休みもほぼ毎日学校に来ないといけないみたいで(彼女しか園芸部員がいないから仕方ないんだろう)俺の部活が終わってからなので大したことは何もしていないが、彼女がいる時はこうして手伝っている。畑に近付くと顔をあげて笑顔で迎えてくれるのが嬉しくて、どんなに部活で疲れていても足を運んでしまうのだ。
今日はルッコラを植えているらしい。渡された種に上から優しく丁寧に土をかけて植えていく。ギュッと強く土をかけたら駄目だと教えてもらったのは一番初めの手伝いの時だっただろうか。彼女のおかげで少しずつ園芸の知識が増えていると思う。育ち過ぎた苗は間引きするとか、アブラ虫には牛乳をかけて退治するとか。あれこれと手間がかかって大変だが、こうして手をかければかけるほどすくすく育っていくのが楽しくて、幸村がせっせと花の世話をする理由が少しわかった気がする。

「ありがとう。助かった」
「気にしなさんな。……んと、今日も一緒に、」
「あ、うん。一緒に帰ろ。花屋さん寄っていい?」

うん、と俺が頷くと彼女も笑い返してくれた。この笑顔を見るのも何度目になるだろう。彼女はよく笑う人だ。小さく微笑んだり、顔全体を使ってニッコリ笑ったり、口を大きく開けて笑ったり、目が無くなるほどくしゃくしゃになって笑ったりと、笑顔のバリエーションが豊富でもっと見てみたいと思う。どんな笑顔の時でも彼女が笑った瞬間、周りの景色が霞んで自分の視界には彼女しか見えなくなる。すごく幸せな瞬間だ。
最初の頃は、緊張して体と顔が強張ったり声をかけられるだけで耳が熱くなったり近寄ったら心臓がバクバクして破裂しそうになったりして、側にいるので精一杯だったが、時間が経ち、一緒にいることに慣れてきたら、今度は彼女の笑顔に目を奪われるようになってしまった。自分に向けられる笑顔もそうだが、草花に向かって優しく微笑んでいたりするだけでも見とれてしまって、何度苗を落として彼女に怒られたかわからない。そのうち、怒っている顔ですら見とれるようになってしまいそうだ。

「こっちとこっち、どっちがいいと思う?」
「……どう違うん?」
「こっちは小さい花がいっぱい咲いて、こっちは中くらいのがポツポツ咲くの」
「んじゃ、小さい花の方がええかな」
「よし、こっちにしよう」

俺が選んだ方の種を持ってレジに向かう彼女を見送る。束ねた毛先がユラユラと揺れるの見つめていたら、思わず笑みがこぼれた。
前までなら、この後ろ姿しか見ることが出来なかったし、どう近づいていいのかわからず辛かったけれど、今は…。

「お待たせー。帰ろー」
「ん」

目を細めて笑いながら近寄る彼女に頷き返す。この笑顔を近くで見ていたい。彼女が許してくれるなら一番近くで見ていたいけれど、まだそれを言う勇気はないから。もう少しこのまま『友人』としての距離でいいから側にいたい。笑顔の彼女でも、怒っている彼女でも、どんな彼女だっていい。ただひたすらに、側にいたいと思った。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ