庭球のお話

□「もう会わん!」
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家へ帰ろうと校門をくぐったら、笑顔の幸村くんに呼び止められた。

「やぁ」
「…え?な、なんでここに…?」
「君と話がしたくて」
「え!」

にっこり笑顔の幸村くん。こんなイケメンにこんなことを言われれば普通ときめくのだろうが、あの騒ぎの一件以来、私は幸村くんがとても苦手だ。なんてったって笑顔が怖い。本心からきている笑顔じゃない気がする。なんとなくだけど。ただのナンパなら無視してしまうところだが、以前に迷惑をかけたこともある手前邪険には出来ない。どうしたものか…。

「えっと……」
「立ち話もなんだからどこかでお茶でも飲みながら話そうよ」
「え"。いや、その、」
「ダメ…?」
「全然オッケーです」

儚げな悲しい表情をされて反射的にオッケーしてしまった。日頃、雅治の「お願い」攻撃に屈服しているせいだろうか。こういう表情に本当に弱い。ていうか、こんな顔されて断れる人とかいるの。断ったら私が悪者の雰囲気になるの間違いなしだよ。

「ふふ、ありがとう。嬉しいな」
「えーと、……ど、どこ行きましょうか?」
「この辺りのこと全然わからないから、任せてもいいかい?」
「あ、はい。じゃ、近くのカフェにでも…」
「うん」

こっちです、と先導するわたしの横に並ぶ幸村くん。車道側を歩いてくれたことに少し感動を覚えた。こういうことがスマートに出来る男の子って少ない気がする。

「なぁに?前見てないと転ぶよ?」
「あ、スミマセン」

無意識のうちに横顔を見つめてしまっていたらしい。すぐさま謝って前を向く。
背格好は雅治と変わらないくらいのはずなのに、雅治と並んで歩く時とは何かが違う気がして、ソワソワするというか、なんというか……とりあえず、落ち着かない。早くカフェに入りたいな、と考えている間にカフェに到着。
窓側の席に座り注文を済ませた後、こちらを見つめてくる幸村くんに恐る恐る声をかける。

「あの、それで、お話しって…?」
「ん?…あぁ、そうだったね」

そういえばそうだった、とおどけて言うが目が笑っていなくてすごく怖い。幸村くんは私と会ってからここに来るまで、今もずぅっと笑顔ではいるけれど、目だけは笑っていない。

「君と仁王って、どういう関係?」
「え」

またその質問?もっと「よくも練習の邪魔をしてくれたね」とか「謝罪も無し帰るだなんて非常識にも程があるよ」とか、エグいこと言われるのかと思っていたので拍子抜けだ。

「どんなって……幼なじみですけど」
「本当に?」
「はい」

本当にただの幼なじみだ。小さい頃から一緒にいて、家も隣同士で。これのどこをとって幼なじみじゃないと言えるのだろう。雅治も「幼なじみって言えばいい」的なことを言っていたし、この質問には胸を張って答えられる。

「本当に幼なじみです」
「この前は答えるの渋ってたわりに、今日は素直に答えるんだ」
「あー…。まぁ、この前は色々あったんで」
「ふーん。仁王が幼なじみって言って良いって言ったんだね」
「………」

この人怖すぎ。なんでそんなことわかるの?私なんか言った?質問に答えただけじゃない?怖すぎだよ。

「幼稚園からの幼なじみ?」
「あ、いえ。赤ちゃんの時からですね」
「へぇー。小さい時から仲良かったの?」
「そうですね。ケンカもしましたけど」
「小さい時から仁王はあんな感じ?」
「まぁ、概ね」
「…そう」

相づちを打って何か考え始めた幸村くんに首を傾げる。
特に何かおかしなことを答えたりはしてないと思うけど。というか、幸村くんはなんで雅治と私の関係について知りたがるのだろう。いくら部長だからってそんなことにまで気を配らなければいけないのかな。
コーヒーを一口飲んで窓の外を見ると、下校途中の小学生が二人並んで歩いていた。赤と黒のランドセル。昔の私と雅治みたいだと思った。

「……俺と、」
「…?」
「俺と仁王は似てるんだ」
「え。…そ、そうですか?」

口を開いたと思えば意味のわからないことを突然言い始めた。一体あなたと雅治のどこが似ているというのか。全然違うと思うけど。

「似てないって思ってる?」
「…まぁ、そうですね」
「それは君が、仁王にとって特別だからだよ」
「?」

ただの幼なじみが、特別?幸村くんの言っていることが理解出来ない。頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。

「俺も君を特別に思えたら、何か変わるかな?」
「………は?」

真剣な顔でそんなことを言われても困る。幸村くんが私を特別…?え、本気で意味がわからない。そもそも雅治が私を特別っていうのも理解不能なのに、なぜそれに幸村くんまで乗っかってくるのか。んーと、幸村くんの理論でいくと私は雅治の特別で、幸村くんと雅治は似てて、だから幸村くんも私を特別に思ったら何か変わる…?あれ?だめだ。全然意味わからんない。混乱する。ていうか特別ってなに?幼なじみって特別なの?じゃぁ、雅治じゃなくて幸村くんが私と幼なじみだったら………うわ、無理。違和感マックス。落ち着かない。居心地抜群に悪そう。でもそんなこと言ったら幸村くん怒りそうな雰囲気だし…。

「名無し!」
「!」

ハッと顔を上げたら雅治がいた。こっちのテーブルに向かってズンズン歩いてくるのを見て、ホッと息を吐く。
良かった。これで幸村くんの意味不明な話と目の笑ってない笑顔から解放される。

「思ったより早かったね、仁王」
「急に練習休むからおかしいと思ったんじゃ。なんで名無しと一緒なんか説明しんしゃい」
「お前がこの子にそんなに執着するから気になっただけだよ」
「嘘つくんじゃなか」
「ヒドいなぁ、本当なのに」

ね?と同意を求めてくる幸村くんになんて答えていいかわからず雅治を見上げたら、帰るぜよ、と腕を掴まれた。
慌てて財布からお金を取り出そうとしたら幸村くんに、また今度返してくれたらいいよ、と言われた。

「え、いや、でも、」
「コーヒー1杯だけだし奢っても全然いいんだけど、君とまたおしゃべりしたいからね」
「………えぇぇぇと」

ちょっと雅治くん。腕掴む力強くないですか。すごい痛いんですけど。これはアレだ。俺の機嫌を損ねるような返事はするなよという無言の圧力だろう。それはわかるけど機嫌を損ねない返事がわからない。あぁ、困ったぞ……。

「あ、そうだ。ついでに電話番号教えてよ」
「え」
「電話番号なんか教えんし、もう会わん!」

大きな声でそう宣言する雅治。店中から注目を集めながら引きずられるように外に出る。もうあの店行けないなと思いつつ、雅治を見たら焦ったような顔をしていて少し心配になった。

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