庭球のお話

□「俺を一人にせんで…」
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どうしてそんなに名無しちゃんと一緒がいいの?
小さい時、両親によく聞かれたセリフだ。好きなモノと片時も離れたくないと思うのは当然のことなのに、そんな当たり前のことをわかってくれない両親が、すごく嫌だった。

小さいころは本当に四六時中一緒にいた。幼稚園も一緒、ご飯も一緒、お風呂も一緒、寝るときも一緒。名無しと離れたらわんわん泣いて、よく両親や幼稚園の先生を困らせていた。
小学校に上がったら、さすがに泣くことは減ったけど、それでも一緒にいたがることは変わらなかった。登下校はもちろん一緒だし、学校から帰ったら一緒に宿題をしたり、家で遊んだり、他の友達と一緒に遊んだり。
中学生になってもそれは変わらないものだと思っていたら、名無しに突然「私、立海行かないよ。女子校行くから」と言われて世界が真っ暗になった。女子校だなんて、俺がどう足掻いたところで一緒に通えない。なんで?どうして?どうして同じ学校に行ってくれないの?って名無しに詰め寄ったけれど、のらりくらりと答えをはぐらかされて、一緒にいたいと思っていたのは俺だけなんだとその時に初めて気が付いた。すごく傷付いてグレてやろうと髪を銀色に染めたりしたけど、結局名無しが立海に来てくれることはなくて、別々の中学へ進学した。

中学になってそばに名無しがいなくなると他の女子がわらわらと寄ってくるようになった。好きだとか、彼女にしてほしいとか、気持ちの悪いことばかり言う女子たち。名無し以外には触られたくないのに、べたべた気安く触れてくるやつもいて、なんでこんな学校に来たんだと後悔の連続だった。
唯一、立海に来て良かったことは、テニスに出会えたこと。名無し以外に執着するものがなかった俺が、こんなにテニスに熱中するとは家族にも思わなかったようで仰天されたが、名無しに「熱中出来ることが見つかった」と言ったら、まるで自分のことのように喜んでくれた。名無しが喜んでくれるなら、と今まで以上に練習に励むようになってレギュラーにも選ばれて、名無しと同じくらいテニスも大事なものになった。

高校に上がってもやっぱり名無しは立海には来てくれず、そのまま北川女子の高等科に入学してしまった。少し寂しかったけど女子校で良かったとも思った。年頃になっても雅治くん以外に男の気配がない、とおばさんが嘆くくらいに名無しに言い寄る男が出てこなかったからだ。共学だったら、何か間違いが起きて名無しに彼氏が出来てしまっていたかもしれない。そんなことになったら俺は死んでしまうと思う。名無しはずっとずっと俺のそばにいて欲しい。好きで好きでどうしようもないのだ。小さい時から今も変わらず大好き。俺の世界の中心は名無しで、名無しのためだけに生きていきたいけど、名無しはそれを望んでいない。最近では、何かと「彼女をつくれ」とか「一人で寝ろ」とか突き放してくる。こんなに好きにどうして伝わらないんだろうと悩んでいた矢先、幸村が名無しを気に入ってしまった。

俺と幸村はよく似ている。他人との距離の取り方なんてそっくりだ。俺も幸村も他人と向き合って自分が傷付くのが怖くて避けている。オレはそもそも他人と関わりを持とうとしないけど、幸村は人と関わっているように見せつつ実は一歩引いて自分と人の関係を観察している。真っ正面から向き合うことが出来ない。その事を幸村は自分でよく理解していて、本心では人と向き合いたいと思っているのだろう。
そんな幸村に名無しの存在がバレた。自分と似ている俺が異常に執着する名無し。幸村が興味を持たないわけがない。名無しとだったら向き合えるんじゃないか、と考えて俺から名無しを奪おうとするはずだ。そんなことになったら俺は……




「ねぇ。大丈夫?」
「えっ」

カフェから名無しを連れ出したところまでは覚えているが、気が付いたら家に帰ってきていた。
俺の部屋で心配そうにこっちを見る名無し。良かった、まだ幸村に盗られてない。

「名無し、幸村と何話しとったん?」
「…雅治とはいつから幼なじみなんだとか?」
「それだけ?」
「うーん…、よくわかんなかったんだけど雅治と俺は似てる、君が特別になったら何か変わるのかって言ってた」
「!」

やっぱり俺から名無しを奪う気なんだ。嫌だ。俺から名無しを盗らないで。名無しがいなくなったら俺はどうすればいい?一人ぼっちになってしまう。そんなの耐えられない。

「ちょ、雅治?本気で大丈夫?顔色悪いよ?」
「名無し、どこにも行かんで…」
「はぁ?何言ってんの」
「俺を一人にせんで…」
「急にどうしたって……なんで泣くのぉぉ…」

ポロポロと目から涙がこぼれ落ちる。止める気もないからどんどん出てきて、名無しがいくら拭ってもキリがない。ぐずぐず鼻を鳴らしながら名無しに手を伸ばすと抱きしめてくれたので、ぎゅっと抱き付いて肩に顔を押しつける。

「よしよしどうした?泣くな泣くな」
「うっ……ぇっ、」
「どこにも行ってないじゃん」
「…っく、ひっ、ほ、ほんま?」
「うん」
「どこにも行かん…?」
「うん」
「ずっといてくれる…?」
「うん」

訳もわからないだろうに、うんうん、と頷いてくれる名無し。こういう優しいところが名無しの良いところで、俺が大好きなところの一つ。誰にも盗られたくない。この匂いも、この体温も、この優しさも、全部俺だけが知っていればいい。

久しぶりに泣いたせいか、その日は1日名無しがすごく優しかったからひたすら甘えて、幸村に盗られる恐怖を必死に紛らした。

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