庭球のお話

□「……お返しや、やる」
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「お茶」
「ハイ」

蔵くんと謙也くんとで食堂でランチ中。向かいに座る蔵くんがコップ差し出したので、お箸を置いお茶を注ぐとその隣でA定食を食べていた謙也くんが、亭主関白か、とツッコミを入れた。

「なにが『お茶』やねん。名無しのも大人しく言うこと聞かんでえぇのに」
「う、うん…」
「アホか。俺のお茶汲みが出来るんやから光栄に思えよ」
「…………」
「返事」
「はひっ」

蔵くんの声の鋭さにビビって噛んでしまった。謙也くんが深々とため息をついている。
せっかく助け船を出してくれたのに申し訳ないな。でも正直、お茶汲みぐらいナチュラルに出来てしまうのでさっきの行動が偉そうなものなんだと思わなかった。長年の奴隷人生のせいだろうか。

「あー!名無しねぇちゃんや!」
「こら金ちゃん。騒いだらイカンったい」

オムライスをトレイに乗せた金太郎くんと千歳くんがこっちに来た。二人ともえらく可愛らしいメニューを頼んだものだ。

「二人とも今からお昼?」
「せやねん、俺ねぇちゃんのとなりー!」
「したら俺もとなりー」

食器をカチャカチャ鳴らしながら私の隣に座る金太郎くん。その逆隣に千歳くんも座って、テニス部に囲まれた形になる。華やかなテーブルに雑草のような私が混じって、食堂内の女の子から睨まれている気がして居心地が悪い。
なるべく目立たないようにしようと決意しながら唐揚げを頬張ると、金太郎くんの大きな目がこっちを見ていた。

「なに?」
「オレにもいっこちょうだい!」
「唐揚げ?」
「うん!」
「はい、どうぞ」
「おおきに!」

あーん、と口を開けられたのでその中に唐揚げを放り込むと、美味い!と笑顔が返ってきて自分で作ったわけでもないのに嬉しくなる。金太郎くんの笑顔は凄い。

「はい、お返し!」
「…あーん」

ニコニコしながら金太郎くんを見ていたら、オムライスを一口くれるというので遠慮なく口を開ける。ケチャップの程よい甘さと卵の味が広がって、美味しいね、と言うと満点の笑顔が返ってきた。

「せやろー!」
「私も今度オムライス頼んでみるね」
「うん!イチ押しやで!」

食堂のご飯は何でも美味しいけどな、と話す金太郎くんの口元にケチャップが付いていたので、付いてるよ、と言いながらティッシュで拭っていると千歳くんがクスクス笑い始めた。何か笑われるようなことしただろうか?

「?」
「名無しちゃんは金ちゃんのお母さんばい」
「え」

そうかな…?まぁ、さっきのはそう見えたかも。高校生になって体も大きくなったし、最近めっきり大人っぽくなってきた金太郎くんだけど、中身はまだまだ子供だからついつい世話を焼いてしまうんだよね。そのうち、ウザいねんけど、と財前くん並みの冷たさで言われるようになるのかなぁ。
金太郎くんを見つめながらぼんやり考えていたら、向かいから負のオーラが漂ってきた。視線を向けると眉間に皺を寄せた蔵くんが。どうしたというのだ。何もしてないのになぜ不機嫌に…?
謙也くんに視線を向けると呆れたような表情で蔵くんを見ていて、蔵くんが不機嫌な理由をわかっているようだった。まさか本人を目の前にして謙也くんに理由を聞くわけにはいかないので、怯えつつ口を開く。

「く、蔵くん…?どうかしましたか…?」
「ハァ?何が」
「えっ。いや、あの、不機嫌そうだから、どうしたのかなって…」
「ほーん。不機嫌そうに見えるんやったらそうなんちゃうか」
「………」

理由を聞いているのに教えて頂けないらしい。金太郎くんも異変に気が付いたようでビクビクしながら、白石機嫌悪いん?と小声で聞いてきた。なるべく怯えさせないように苦笑いを作って、そうみたい、と答える。
千歳くんは蔵くんの不機嫌ごとき気にならないようでオムライスに夢中だし、謙也くんも蔵くんを無視することにしたようだし……ここは私が蔵くんのご機嫌とりをしなければ金太郎くんが可哀相だ。でもどうやれば機嫌が良くなるんだろう。ヘタに話したら余計不機嫌にしてしまいそうだしなぁ……あ、そうだ。

「あの」
「ア?」
「良かったら、おひとつどうですか?」

言いながら唐揚げの乗ったお皿を差し出すと金太郎くん以外の三人がなぜか動きを止めた。
え、なに?なんで止まるの?唐揚げで釣ろう作戦は駄目だった?健康志向の俺に脂っこいもん喰わせる気か的な?ど、どうしよう。より一層不機嫌になるかも…。

「どーしても食べて欲しいって言うんやったら食べたる」
「…………」

え、偉そう…!今に始まった事じゃないけど。別にどうしても食べて欲しいわけじゃないけどここで、別に食べて欲しくない、なんて言おうものならお怒りを買うのは確実。ここは食べて頂くしかない。
取りやすいようにお皿を蔵くんの方に寄せるが、本人はお箸を持とうとしない。それどころか身をテーブルに乗り出して口を開けている。なんのポーズだ?と思っていたら金太郎くんが、白石も食べさせて欲しいんちゃう?とコッソリ教えてくれたので慌てて唐揚げを口に運んだ。

「ど、どうぞ」
「ん」

あ、と開いた口。真っ赤な舌と白い歯が見える普段とは違う近い距離に戸惑う。
うわぁ…。なにこれ。ゾクゾクというかゾワゾワというかドキドキというか、なんか変。金太郎くんの時はそんなことなかったのにな…。

「……お返しや、やる」
「え!」

ぼんやりしていたら蔵くんにお箸を突きつけられた。その先には私の苦手な梅干し。梅干しを見た瞬間私が顔を歪めるのと同時に蔵くんがニタリと笑った。

「なんや。俺のお返しは食べられへんのか」
「うっ。いや、そんなことは…」
「じゃぁ、はよ口開けろ」

目の前には苦手な梅干し。奥にはニタリ顔の蔵くん。このお返しは完全に嫌がらせだろう。唐揚げを献上したというのにこの仕打ちはひどくない?と思うものの当然文句など言えるわけもなく、パクリと梅干しを食べる。
うぅ…!酸っぱい…やっぱり苦手。種を吐き出して蔵くんを見たら満足そうな顔をしていたから、不機嫌モードは解除されたようだとホッとした。

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