庭球のお話

□ドラクエみたいな話
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「じゃぁ連れて帰る。城でお酒飲みたかったんだ」
「えっ」

魔王ってお酒飲むんだ。ていうか、本当に頭から角が生えてるんだ。すげぇ。魔王すげぇ。
地面に這いつくばりながら魔王を見上げて、ピンチだというのに私の頭はのんびりとそんな事しか思い浮かばない。
あぁ、なぜこんなことになったのか。自分の不幸を呪うしかない。そもそも生まれた時からあまり恵まれた方ではなかった。生まれて間もない頃に両親はモンスターに殺されて、天涯孤独になった私は両親の友人だった酒場のマスターに拾われた。
マスターは凄く良い人だったから何不自由なく育ててくれたが、少し寂しい思いはしたし、年頃のマスターがいつまでも結婚出来ないのは私のせいではないのか、と悩んだりもした。
なんやかんやありながら成人した私はマスターの元で働いて、バーテンの仕事を教えてもらいながら日々を過ごしていたのだが、つい昨日、マスターから買い出しを頼まれて街から出たのが不幸の再来だった。
マスターの知り合い?友達?の自称勇者真田さんが「女子が一人で街の外に出るなど危険だ!」と叫ぶのをフル無視して酒場を出て、隣町の酒屋に行くのは慣れていたからスライムをブン殴りながら順調に進んでいたが、これまたマスターの知り合い?の遊び人仁王さんに「俺も一緒に行くぜよ」と言われたので「遊び人と一緒に行動するなってマスターにきつく言われてますんで」と言って撒くためにデタラメに走り回ったのだが、これがよくなかった。道に迷ったのだ。
自分の街と隣町の大通りしか行き来したことのない私。どうしたものか、と途方にくれていたら大きな竜のモンスターに出くわした。スライムならなんて事はないが、本格的なモンスターになるとレベル5の私では手も足もでない。逃げようとしたが退路を塞がれ、万事休すと頭を抱えてしゃがみこんだ瞬間、モンスターの叫び声が聞こえた。
恐る恐る目を開けたら絵本でしか見たことのない魔王が目の前に立っていて「助けてあげたんだからお礼をしろ」とせがまれた。「何も差し上げるものは持ってないんです」と正直に言ったら「じゃぁお前の特技は?」と聞かれたので「バーテンをしてますが」と答えたら「じゃぁ連れて帰る」と。うん。やっぱり私って不幸。

「じゃぁ、行こうか」
「えっ、あの、ちょっ」

ニコッと笑いながら私の手をつかむ魔王。指は5本あるけどスラリと伸びた爪は真っ黒で、やっぱり人間とは違うんだなぁ、と思っていたら、一瞬にして魔王の城へテレポートしていた。






「精市。この人間はどうした」
「バーテンだっていうから拾ってきた」
「冗談もほどほどにしてくれないか」
「いいじゃないか。蓮二もお酒好きだろ?」

魔王の城に着いて。玉座の前で魔王とその側近との会話をぼんやり聞く。側近さんは私のことを快く思っていないらしい。そりゃそうだろう。人間なんてモンスターからしたら食料みたいなもんで、気にかけるような存在ではない。そんなものをバーテンとして側に置こうとする魔王は少しおかしいと思う。死にたくないから言わないけど。

「おい」
「…あ、はい」
「お前、ジャッカルを知っているか?」
「えっと、マスターのことでしょうか…?」
「なになに。ジャッカルと知り合い?」
「知り合いどころか。こいつの育ての親だ」
「え、本当?」

そうです、と頷く。マスターことジャッカルさんは私の唯一の家族。なんで魔王たちがマスターのことを知ってるんだろう。

「うっそ。あいつ子育てなんかしたんだ」
「面倒見はいいからな。特におかしくはないが」
「じゃぁ、他のやつも知ってる?」
「ほ、他ですか?」
「赤也とかブン太とか」
「知ってます、けど」
「何この子凄いじゃん!」

魔王は嬉しそうにはしゃぎ、側近さんはため息をつく。私は全く状況についていけない。なぜ2人はマスターや他の人のことを知っているのだろうか。

「俺、真田たちと戦ったことあるんだよね」
「えッ!?」
「勇者真田、格闘家ジャッカル、賢者仁王、僧侶柳生、魔法使い丸井、戦士赤也。このパーティーと20年前に世界をかけてちょっとな」
「楽しかったなぁアレ」

世界をかけてちょっとってなに!ていうか、マスター格闘家だったの?仁王さんは賢者なの?遊び人じゃなくて?真田さんの「俺は勇者だぞ!」は本当だったの?柳生さんは神父さんじゃなくて僧侶だし、丸井さんはただの大食らいだと思ってたのに違うし、切原さんはチンピラだと思ってたのに戦士だし!みんな何なの。そんな変な人たちだったの?

「ていうか蓮二よく知ってるね」
「さっき覗き鏡であいつらのことを見たら、この人間がいないと騒いでいた」
「見たい!」

どこからか側近さんが鏡を持ってきて、それを3人でのぞき込むと、噂の6人が映っていた。

『名無しが魔王にさらわれたんだぞ!助けに行って何が悪い!』
『落ちつきんしゃい真田。だれも助けに行かんとは言うとらんじゃろ』
『そうですよ。無計画に動くのは良くないと言ったんです。相手はあの魔王なんですよ』
『あー、幸村くん怖ェんだろーなァ』
『部長と柳先輩とヤるのって久々ッスね!』
『俺が名無しにおつかいなんて頼まなかったらこんなことに……』

なんだかみんな助けに来てくれる雰囲気だ。ちらりと魔王を見たらキラキラの瞳で「お前今日からバーテン兼人質ね」と宣言された。私ってばどこまでも不幸。早く助けに来てマスター。



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