庭球のお話

□間違った話
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同じクラスの佐藤くんを好きになったのが半年前。告白しようと決意したのが一週間前で、直接伝える勇気がなかったからラブレターを書いたのが三日前。ドキドキしながらラブレターを下駄箱に入れたのが今朝で、今日一日緊張しながら過ごしたのだが、佐藤くんから何のアクションもなかった。
もしや読んでもらえてない?返事するのが面倒とか?やっぱりラブレターじゃなくて直接伝えた方が良かった?
悶々としているうちに放課後になり、帰り際、最後の期待を込めて自分の下駄箱を見たが何も入っていなかった。
告白をすればオッケーの返事かお断りの返事、どちらかがもらえると思っていただけに完全スルーのこの状況に悲しくなった。一度告白した手前、再度言うのもビミョーだろうし…。一体どうすれば…。
ハァ、と今日何度目かのため息をつきながらトボトボと歩いていたら、同じクラスの亜久津くんが道端でしゃがみこみ、空中を睨み付けていた。
一体空気にどんな恨みがあるというのか。そんな親の敵みたく睨みつけなくても良いのでないか。というか、人相の悪い顔でそんなところにいられると私すごく通りづらいです。
彼の形相に怯えて、近くにあった電柱の後ろにとっさに隠れる。ちらりと覗き見るが彼は微動だにしない。同じクラスなわけだし一応面識はあるのだから、ちょろっと言葉を交わしてそそくさと立ち去れば良いのだろうが、如何せん顔が怖い。非常に近寄り難い。近寄ったら「テメェ、なに勝手に目の前通ってんだ」ぐらいのことは言われそうである。傷心中なので無駄に傷付くようなことは言われたくない。しかし、迂回して家に帰ろうにも彼がいるのは私の家の前。どんな迂回をしようとも必ず目の前を通らなければ家には入れない。
なぜ私の家の前にいるのだろう。何か用事でもあるのだろうか。ていうか空気睨んでるんじゃなくて私の家睨んでるんじゃ……え、私なんかした?
思い当たる節はない。そもそもほとんど会話をしたことがないのだ。ごくごくたまーに挨拶を交わすぐらい。それも目があったから仕方なく私が挨拶して、亜久津くんは「……フン」とか言って立ち去るというものだ。これのどこに反感を買う要素が……あ、もしや挨拶の仕方が悪かったとか?それとも気安く話しかけんなとか?
グルグルと出るはずもない答えを考える。もうこの電柱に隠れてから、かれこれ30分は経過している。早く家に帰りたい。それにトイレもしたくなってきた。
私の膀胱が悲鳴をあげる前に家に入らないとヤバい。この年でお漏らしは絶望する。
尿意に背中を押され、勇気を振り絞って一歩を踏み出す。あたかも、今帰ってますよー隠れてませんでしたよー風を装い、亜久津くんに近づく。なるべく彼の方を見ないように余所見をしていたのだが、そのせいで足元にあった小石に躓いた。

どべしゃぁ!

頭から地面にダイブという盛大な転び方をした。死ぬほど恥ずかしい。鼻と膝と手のひらが痛いけどそれよりも死ぬほど恥ずかしい。亜久津くんに見られたに違いない。気の知れた友達なら「お前なに転んでんの」とか言って爆笑してくれるだろうが、亜久津くんはどういう反応するだろう。爆笑されるにしてもスルーされるにしても、仲良くない人にこんなところを見られるのは辛い。
恥ずかしい死ねる、とか思いながら慌てて身を起こそうとすると視界に影が出来た。おや?と思いつつ視線を上げると亜久津くんが私の目の前に。

「…………」
「………」

無言。爆笑されるかと思ったが無言。こんなにバッチリ目が合っているのだからスルーはされていないだろう。

「…………す、すみません」
「…なに謝ってやがる」

亜久津くんの顔が怖くて思わず謝ったら不機嫌そうにされた。どうすれば良いのかわからない。早く立ち去りたい気持ちと消え去りたい気持ちとトイレに行きたい気持ちでいっぱいである。

「起きれるか?」
「えっ、あ、うん」

頷くと手を差し出された。引っ張り上げてくれるらしい。素直に好意に甘えて引き上げてもらう。
意外と優しい?私に対して怒りがある人の対応ではないだろうから、とりあえずお礼を言っておこう。

「ごめんね、ありがとう」
「いや。…………あー、」
「…?」

お礼を言ってバイバイしようと思ったが、亜久津くんが何か言いたげで立ち去ることが出来ない。眉間に皺が寄っていてかなり怖いが、ここで彼をスルーして家に入る度胸は私にはない。でも膀胱の方もそろそろ限界を迎えそうなのは確かなので、恐る恐る声をかける。

「えっと…、どうかした?」
「……コレだ」
「?」

差し出された手の先にあるのは今朝佐藤くんの下駄箱に入れたはずのラブレター。コレがなぜここに…!?

「えっ!?なっ、なん…!」
「今朝、下駄箱に入ってやがった」

パードゥン!?え、なに?なんで亜久津くんの下駄箱に私のラブレターが…?え、もしかして佐藤くんと亜久津くんの下駄箱間違えた?で、亜久津くんがコレ読んだの!?なにそれ死ねる!恥ずかしい!

「あ、あの、亜久津く、これ」
「……俺もお前が好きだ」
「え」

なん、だと…。亜久津くんが私を?そんなバカな!きっと私からラブレターを貰って勘違いをしていらっしゃるに違いない!大丈夫、私別に亜久津くんのこと好きじゃないよ!だからフってくれていいから!ていうか、ラブレター読んでなんで自分だと勘違い……………ん?そういえばラブレターにちゃんと「佐藤くんへ」とか宛名的なもの書いた記憶がない…。や、やばい。コレは早急に誤解を解かなければ。

「あの、亜久津くん。これはね、ちょっと手違いd」
「じゃぁな」
「ちょ、ちょっと待って、亜久津くん、あの、」
「明日迎えに来るから。一緒に学校行くぞ」
「え」

寝坊すんなよ、と言い残して颯爽と帰って行く亜久津くん。どうしようと立ちすくむ私。いつの間にか尿意もどこかに吹っ飛んだ。


その後、何度も誤解を解こうとしたがなかなか上手くいかず気がつけば学校中から名物カップルとして注目を集めることとなるのは、また別の話。



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