ファイ・ブレイン

□一方通行
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ふわりと髪を持ち上げられ隠れていた赤い目が現れる。
持ち上げたのは目の前の青年、真方ジンだった。

青年は虚ろな瞳で僕の赤い目のずっと奥を見つめている。
だが何も考えようとも何を感じようともしていない。
ただ、見ているだけ。そこには何もない。

しばらくすると赤い目を見るのに飽きたのか、
また目の前のチェス盤の方へ体を向ける。

(ジン……)

遠い過去を思い出す。
あの短い幸せな時間。あれが僕のすべてだった。

必死でパズルを解こうとするカイト。
それを見て穏やかに笑うジン。

「さあ、パズルタイムの始まりだ」

そういうジンの穏やかな低い声がひどく懐かしい。

だが、もう今はその言葉を発する青年はいない。
いるのはこの青年、今の灰になったようなジンだけ。

かつてファイ・ブレインに最も近かった男の抜け殻だけだ。
そうわかっていても何故か僕の愛は変わることがない。

「ジン……こっちむいて?」

子供のような、あの時のような声で頼んでみる。
答えを期待したがもちろん返事はない。

僕はため息をつき立ち上がった。
だが、チェスをしに席に戻りはしなかった。

僕はジンの座っているソファの上にのった。


「ねぇ、ジン……」

小さな囁くような声で呼びかける。
だがもちろん、これにも青年は応じず、ずっとチェス盤を見ている。

チェスがしたいのだろうか。

だが次の手を出す僕は隣にいる。
残念ながら僕はそれよりもやりたいことを見つけてしまったのだ。

次の手は出す気がない。


 






僕は青年の痩せこけた頬にキスをし、そのまま唇へ口を運んだ。
乾燥し、ガサガサとした唇は到底美しいとは言えなかったが、
僕はそれが青年のものであるというだけで美しいものを見た時のような悦びに包まれた。

そういえば、いつからだろう青年を好きになったのは。
僕は青年の動かない舌に必死に舌を絡めていて思った。

あのときはこう思ったのだろうか、
この人を独占したい、僕だけのものにしたい、と。

(いや……違うはずだ)

僕の愛は、ジンへの愛は、
気が付くとあの時とは違った愛になっていた。

いったん唇から口を離し、強く青年を抱きしめる。

あの時より近いところに僕らはいる。
これは確かな事実のはずだ。

……また青年はやせたかもしれない。骨の感触が強くなっている。
でもそれでよかった。こんな青年にも時間が存在していると分かっただけでよかった。

(もうすぐだ、もうすぐ永遠が……)

もう一回唇へ口を運ぶ。
今度はもっと激烈なキスをしようと思った。

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