しょうせつ。

□憂鬱な雨、(旅)
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真っ黒な雲の下、泥が雨でぬかるんだその道を、一台のモトラドは走っていました。
雨のせいで視界は当然悪くなっており、タイヤは何度も地面に埋まりかけている有様でした。
それでも無理矢理に走り続けていたモトラドでしたが、そのうちギュルルと音をたててタイヤが動かなくなりました。

「キノ!やっぱり無理だよ!」
モトラドのエルメスが、悲鳴を上げる様に言いました。
「いや、いけるはず」
しかし、茶色のコートやら帽子やらゴーグルで雨を防いでいたキノは淡々と返事を返して、モトラドから降りました。
ぐいぐいと、ぬかるんだ地面からエルメスを救出しようと車体を押すキノに、エルメスは説得の言葉をかけ続けます。
「別に、次の国に急いでいく必要はないんでしょ?」
「…ボクは温かいベットで寝たいし、美味しいごはんも食べたい」
「でも、視界が悪すぎるし、次の国までどれくらいかも分からないじゃん」
「……あと少しのはず」
「あと少しって言っても、どれくらいかは分からないじゃん?モトラドとしてはっきり言うと、この道は無理。走れないよ。走ってもすぐに埋まっちゃう」
「……」
「この雨の中を走って、体力と燃料を消耗するくらいなら、晴れてから。せめて雨が弱まってから出発した方がいいと思うけどなあ」
「……」
「ねえキノ、聞いてる?」
「聞いてるよ」

ほんの少し怒ったような口調でキノは答えました。そして
「でも一回黙って。ここから助けてあげないよ」と脅しにもとれる言葉を掛けて、またモトラドを押すことに集中しました。
モトラドは言われた通りに大人しくなりました。
一人と一台の会話が途切れたことで、ほんの少しの間、辺りは雨の音だけが響き渡りました。

「ねえ、キノ」
ほんの少したった時、エルメスがキノに呼びかけました。
キノは答えませんでしたが、エルメスは構わず話し続けます。
「もしこのまま埋まってでれなかったら、どうする?」
「置いていく…って言いたいところだけど、ここから一人で次の国に行くのは大変かも」
「じゃあ、二人一緒にここで死んじゃう?」
「エルメスは死なないでしょ」
「それもそうか。ここにずっといたら、死んじゃうのはキノだけか」
「いや、ボクもまだ死なないよ」
「そのこころは?」
「まだ温かいベットで寝てないし、おいしいご飯を食べてない」
「成る程ね」

会話が途切れて、それとほぼ同時に、モトラドのタイヤが動きました。
車体の下半分は泥だらけですが、動くには全く支障がなさそうです。

「死なずにすんだみたいだね、キノ」
「まったくだ」

キノは少し嬉しそうに頷いて、エルメスにまたがりました。
「え、まだ進むの?!今ので懲りたんじゃないの?!」
「ボクは温かいベットで寝たいし、おいしいご飯を食べたいの」
「また埋まったらどうするのさ!」
「また救出かな」
「無理そうだったら?」
「置いていく」
「この人でなしー!!」

騒がしい一人と一台は、騒がしく降り続ける雨の中を、またまた走っていきました。

ぬかるんだ道は、まだ続いていています。

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