Eternal・Life

□First life:‘曰ク付キ候補生’上級クラスヘノ編入
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First life:
   ‘曰ク付キ候補生’上級クラスヘノ編入



「す、すげぇ・・・」

‘息を飲む’とはこのことをいうのだろう。

例えば、テレビの向こうで想像を超す映像を見たとき。

例えば、無縁だと思っていた自分の世界であり得ない出来事と遭遇したとき。

例えば、思いもよらなかった衝撃を体五感全てで感じたとき。
 
 それらの全てが、現実化したとき。

その場にいるすべても者が驚愕した。

「なんで」

それは決して感激の衝撃ではない。

「なんでここに‘バケモノ’がいるんだよ」




「なぁ水咲。お前さ、‘保坂 零’って知ってるか?」
 
 現在8:29。
レーヴァテイン共立士官学校のとある教室に、計19個の席が規則正しく並んでいる。
その狭い範囲の中で、ばらばらと移動をする者と、
自分の席に静かに収まる者の二通りに分かれていた。
‘予冷が鳴るまでの約10分間
数人で口を動かして過そう’と言う者が前者側であり、
その‘10分間を個人の中の趣味に使おう’とするのが後者側である。

 水咲と呼ばれた少女は、その後者に当てはまる。

 彼女は、昨晩読み切れなかった書物をこの時間で読み切ってしまい、
つい数分前に図書館の一番手前にある本棚に置かれた新書を借りようと思っていたのだ。
しかし、
 「俺そいつ知ってるぜ、新藤。
あれだろ?
一か月前に入学してきた‘曰く付き候補生’ってやつだろ?」
 
「おぉ・・・さすが前島、
じょーほーつぅ〜」
 
 彼女、‘水咲 暦’は
こうやって‘予冷が鳴るまでの約10分間、
数人で口を動かして過そう’側の男子二名に横やりを入れられてしまったのだ。
 
「・・・興味ないな」
 
不機嫌。
明らかに不機嫌な声が新藤と前島の鼓膜を通過する。
しかし彼らは、そんな彼女の心情、
または眼鏡の奥で鋭くなる眼光に気が付かないのか、
そっけない返事を返しても
大して気にすることもなく話を続行する。

「なんだよ、知らなかったのかよ。
今のこの学校内じゃなかなかの有名人だぜ、
たぶん如月以上だ」

「我がクラスの委員長様がご存じないとは、
なんと嘆かわしい」
 
委員長関係ないだろう。
と、突っ込みを入れたいところなのだが
話が長くなるのは避けたいので訂正は一つに絞る。

「あんたらが身勝手に騒ぎ立てただけでしょう?
 如月はそんな肩書きを望んではいなかった」
 
 あくまで冷静に、
かつ沈着を試みた上でのその話は止めろというサイン。
しかし、またしてもこの二人には通じない。
どこまで阿呆なんだと手元の書物に目を落とすと、
同時に教室のドアが勢いよく開けられた。

「おはよー!!」

「おはよー如月ぃ〜!!」

「おはよー人気者ぉ〜!!」
 
 妙なタイミングで現れたのは、
彼らの会話に登場した旧人気者の‘如月 都’だ。
 暦にとっては、話題のベクトルが逸れる幸いのことであり、
この場を救われたのも同然なのだが、
新藤と前島にとっては絶好の話題のキーマンだ、
やはりどちらにとっても良くないタイミングと言えるだろう。

「おはよー暦ちゃん」
 
真っ先に返事を返してきた新藤と前島に軽く手を振ると、暦の元へやってきた。

「おはよう。如月、とりあえず・・・」
 
とりあえず、席に鞄置いてきたら?と言いたかったのだが、
すべてを伝える前に、新藤が口を挟んできた。

「如月は知ってるよなぁ」

「ん?何を?」
 
今来たのだから知るわけがないでしょう。と暦なら答えるところを、都は愛想良く答えた。
その自然な素振りに、待っていましたと前島が答える。

「‘曰く付き候補生’のことだよ。ほら、一か月前に入ってきた」

「あーうん知ってるよ。‘補欠候補生’の‘保坂 零’さんって人でしょ?」

「・・・知ってたんだ、如月」

「あれ?暦ちゃん知らなかったの?」
 
今すっごい話題になってるよ。
と、続ける都に、
暦はそう、とだけ答えた。

「さっきもここに来る前、訓練場の前を通ったら、自分よりおっきい男の人を一瞬でダウンさせてたよ」
 
なんだか身がぞっとするような内容だが、新藤と前島はむしろ勢いよくがっついていった。

「あ〜なんか自然と頷けるなそれ」

「相手が悪いんだって、手加減無しって本当だったんだな」

 なんだか楽しそうだ。
さっきは都を助けるつもりで言ったのだが、
逆に助けてもらったようだ。
本人はそんなこと、これっぽっちも思っていないだろうが。

曰く付き候補生’の話で盛り上がっている三人の中に入れるはずもなく、
閉じかけていた書物に今度こそ正確に目を落とした。
文字を追っている際に、
一対五で組手だとか、
10m吹っ飛ばしたとか、
またまた物騒な単語が聞こえてくる。

「そんなにすごい人なのに、どうして特進(ココ)に入らなかったんだろうね」
 
 丸々入ってきた突拍子もない言葉にも関わらず、暦はすかさず都に返した。

「この士官学校は、比較的魔力が強ければ強制的に入学させられるけど、
自分が所属するクラスは推薦されるだけで、
クラスのレベルは自由に変えられるからでしょ」
 
 新藤と前島の二人は、暦の急な発言に驚いて振り向いた。
が、都はそんな素振りも見せることなく相槌を打った。

「じゃぁ、もし保坂さんが特進に行きたいって言ったら、一緒のクラスになれるんだね」
 
 どうやら、都だけは暦がいることを忘れていなかったらしい。
まぁ振ってくれた会話を切ろうとしたのは自分なのだから、特に気にはしないのだが。

「えっ、一緒のクラスは勘弁っしょ」

「いくらなんでもそれはねエーってありえねエ」
 
‘曰く付き候補生’のことは会話だけで十分だ、と言い張る二人に、
都はつまんなーいと不満をこぼした。

「どちらにしろ、実力があるのに補欠組に入ったってことは、余程の理由があると考えるのが妥当ね」

「だから?」

「だから、補欠組にはいったそれ以上の理由がなければこのクラスには来ない」
 
わかった?如月。
と、釘をさしたところで予冷の鐘が鳴り始めた。
どうやら、自分の発言はことごとく遮られるか、
遮られるギリギリの運命にあるらしい。
 
 長ったらしく、重く低い音と共に、
今までばらばらに散っていた生徒たちが次々に個々の席へと戻っていく。
暦の最もな意見に安心した新藤と前島も、まだ腑に落ちない都もそそくさと自分の席へと戻って行った。
10分前までのゆったりとした雰囲気に緊張が走る。
なぜこれほどまで慌ただしい空気に変るのか、
理由はこのクラスを受け持つ担任にある。

柔らかく言うと、本当にややこしいお人柄。
もし、自分が教室に入った時に立ってる生徒がいたならば、
その生徒に向かって−10点などと
さらりとおしゃられるのだ。
そんなでかい点数をたかが数秒差で落としたくない。
さらにたちの悪いことに、
入室してくる時間はまばらで、
チャイムが鳴るのと同時に入って来たと思えば、今度は授業開始時間に入室して来たりと。 
つまり、
非常にめんどくさい性格なのだ。

「はい皆様ご機嫌よう。では授業を始める前に、そちらのドアに注目して下さい」
 
気配を感じさせることなく、いつの間に現れた担任は、
相変わらず優美な雰囲気をかもし出しつつ授業開始時間と同時に教卓の前に立った。
 
 そちらと言って、上品に手を差し出した先にあるのは
自分がたった今入室してきたドア。
 担任に促され、
クラス全員の目がドアに注がれると、がたがたと無作法な音がした。
 なんだ・・・。
その様子に、都までもが不審に思った。
 
 そして入ってきたのは、
机の上にひっくり返した椅子を重ねた状態で運んできたのだろう一人の女子生徒の姿があった。
なるほど、新規加入生か。
 
 この学校は得点式なので、
入学後も点数さえ獲得できればいくらでも上のクラスに行くことが出来る。
それは特進(上級)クラスでも同じことだ。

現在ここにいるクラスの生徒も、
半数が入学後に這い上がってきた生徒で占めている。
だからきっとこの女子生徒も努力に努力を重ねてここのクラスにやってきたのだう。

 誰もがそう思った瞬間、
女子生徒の口から自己紹介が述べられた。

「新しく編入しました。保坂 零です。よろしく、お願いします」
 
今、
なんといったこの女。
いや確かに言った。

ホサカ、レイと。

は?
ホサカレイ?

ホサカレイってまさか・・・・
 
 先ほどまでの緊張した空気がさらに一変し、
むしろ緊張を通りこして教室の大半が氷ついた。

「はい。みなさんご存じの通り、今もっとも有名な補欠組候補生の保坂 零さんです」
 
いわんでいいわあほぉぉおおおお!!!!!!!!!!
 
 生徒が立てた最も正当な予測は、
またもめんどくさい担任によってことごとく破られた。
 
 一人歓喜を上げる都の声を遠くに聞きながら、
暦もまた氷ついていた。
その目線の先には、
一人分の席が入るのに丁度良いスペース。

それは、自分の隣にある。
 
 めんどくさい担任が連れてきたのは、
またもめんどくさいことになりそうな‘曰く付き候補生’保坂 零。
 
 きっと今年は厄年なんだと、
一人頭を抱える暦だった。 
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