Sketchbook.
□紫煙に溶けて
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ガコン。
お金を入れて自販機のボタンを押せば、簡単に出てくる箱に詰まった葉っぱの束。
いわゆる煙草。
その箱の面には、健康に害を及ぼすだの、肺気腫やら心筋梗塞がどうたらこうたらと注意を促す文が色々書いてある。
『…こんなこと書くくらいなら売らなきゃいいのに。』
買ってほしいのか、ほしくないのか。
一体どういう意図で書かれたのかよくわからない注意書きを無視して、慣れた手付きで包装ビニールを破き煙草を一本取り出す。
それをくわえて火を点け一口吸うと、ボロボロの傷だらけな体に滲みる。
その喉と肺を煙が焼く痛みがどこか心地よくて、もう一口吸おうとくわえ直すと突然誰かに煙草を奪われた。
「こんな真夜中に、なにやってるのかしら?」
『…ちょっと、返してください。』
「ダメよ。アンタ未成年でしょ?未成年、それも女の子が煙草なんて吸うもんじゃないわ。」
何故未成年だとわかったのだろうか。
というかあたしがちゃんと成人してたらどうするつもりだ、この人。
…まぁ、未成年だけども。
そんなことを考えながら折角買った煙草を取り上げた人物を不満げに睨みつければ、隣りの紫髪の長身の男は飄々とした態度でそれをかわし、手に持っていた箱も奪っていった。
しかも、こともあろうか人の吸っていた煙草を、堂々と吸い始める始末。
間接キスがどうとか、もう既にどうでもよかった。
『あたしのセッター…』
「女の子がセッターなんて吸うんじゃないわよ。」
『銘柄とかどうでも良いじゃないですか、別に。』
おもちゃを取り上げられた子供のように不貞腐れて、隣りの男を睨み上げる。
街灯に照らされてキラキラする紫色の髪、深い藍色の瞳、すらっとした長身に黒のロングコートがよく映えて、さっきまで気付かなかったがよく見ればかっこよかった。
『(っ…、綺麗…)』
「ん、なに?」
『何でもないっ!』
いつの間にか見惚れていたのか視線に気付いた彼がこちらに視線を寄越してきて、思わず思い切り視線を逸らしてしまった。
彼はそのことをあまり気に留めていないのか、再び流れる沈黙を破るかのように言葉を発した。
「そういえば、アンタ家は?こんな時間に外ふらついたりして、ご両親は何も言わないの?」
『…、……』
彼の言葉に一瞬言葉が詰まる。
『親なんて…いない…』
「え…」
やっとのことで絞り出した言葉は、情けないほど震えていて。
次いで襲う体の震えと、零れる涙。
親なんていなかった。
正しく言えば、いないのと同じだった。
13になる頃から始まった、親の暴力。
母親には殴られ、首を絞められ、殺されそうにもなった。
それを見て父親は助けもせず、一緒になってあたしに同じように手を挙げる。
毎日繰り返される暴力から逃げ出そうと、家出や自殺未遂を繰り返したし、夜の闇に紛れて色々なこともしてきた。
そんな中で手を出したのが煙草。
とにかく早く体を壊して、あわよくば死んでしまいたかった。
しかし、その度に親や余計な人間のお節介で現実という名の地獄へと引き戻される。
学校も行政も見て見ぬふり。
助けてはくれず。
正直言って、辛かった。
そしてまた今日、親が寝ている隙をついて家出した。
懲りないと自分でも思う。
けれど、それほどまでに生きたかった。
苦しみから解放されたかった。
これ以上親の気分に振り回されるのは、もう耐えられなかった。
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