短編
□奴はヒキコモリ。
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奴は、もう一ヶ月くらい学校に来ていない。
だから、もう確定した。
みんなが気付いた。
気付いてしまった。
ー奴は、
ー`ヒキコモリ´なのだ。
奴はヒキコモリ。
作・太太郎k
好きでなったわけではなく、
勝手に決められてしまっただけなのだが、
それでも面倒くさいが、
オレは学級委員なので、
言わばクラスの代表なので、
奴の家に行くのは、自然と学級委員のこのオレになってしまった。
ーというわけで、
オレは今、自分家とはまったくもって反対の方向へと足を運ばせていた。
それも、奴の家の方向だ。
[……はぁ……]
一体、これは何度目のため息だろうか。
まったく、これ程嫌だと思ったのは久々だ。
最近は、何ら変わりのない穏やかで、且、平凡な日々を過ごしていたはずなのに。
はずだったのに…
はずだったのになぁ…
[……はぁ……]
もういいや。
今日だけは、何回ため息をついてもいいことにしよう。
うん、そうしよう。
ため息は運が逃げると言うが、今日だけは逃げないだろう。
ってか、もう逃げられてる気がするんだけど…
…まあ、もう、何か、
どうでもいいや。
どうにでもなってくれ。もう。
奴が学校に来なくなったのは、一ヶ月くらい前からのことだった。
何ら変わりのない平凡な中学校生活を過ごしていたオレは、この今のクラスでイジメを見たことはない。
当然、奴にもきちんと友達は居たし、イジメられているような様子は一つもなかった気がする。
まあ、好かれていたか嫌われていたかどうかなんてのは知らないが。
だが、とにもかくにも、奴は普通に過ごしていたように思う。
ーとは言っても、オレは奴のことなど知らないが。
奴とは、ただのクラスメイトというだけだし、
話したことがあるかどうかも正直謎だし、
そもそもオレは奴のことなんて何とも思っていなかったわけだし。
だから、オレが奴のことを語れるわけがない。
さっきは、ああ言ったものの、
もしかしたら、裏でイジメられていたのかもしれないし、
裏でものすごく嫌われていたのかもしれないし、
オレらから見たら奴の友達に見える女子が、実は奴の友達なんかじゃなかったかもしれない。
もしかしたら、そうだったのかもしれない。
だが、少なくとも、
オレら他人、ただのクラスメイトからしたら、奴は普通に過ごしていたように見えたのだ。
だって、奴は笑っていたし、
決して、一人で居るということはなかったと思うし、
何せ、毎日学校に来ていた。
来ていたのだ。
奴は、確かにクラスで目立つような女子ではなかったと思うし、
記憶が正しければ、少し太っていた気がする。
だが、そんなことは正直まったく関係ない。
ーこともないかもしれないが、
やっぱり、未だに、
奴が学校に来なくなった理由が分からない。
まったく分からないのだ。
それはオレだけではなく、
たぶんきっと、クラスのほとんどがそうだろう。
分からない。
分からないのだ。
奴のことなんてー。
[ふぅ…]
もう一度深くゆっくり深呼吸をした。
心を少しでも落ち着かせるためだ。
教室の真ん前、みんなの前で立っても緊張なんてしないこのオレが、
今ではこのありさまか。
まあ、それもしょうがない。
しょうがないよな、うん。
[ふぅ…はぁ…]
もう一度深呼吸をし、
オレは真っ直ぐと前を見た。
目の前の視界に写るは、
やっぱり`原牧´と書かれた表札だ。
[…うぅ…マジかよ…]
それを見た瞬間、
オレの体には`現実´という名の重たい物がどっしりと落ちてきた。
ああ…嫌だな…嫌だな…
体がだんだん重くなってくる。
この`原牧´というのも、
ずばり奴の名字だ。
ああ…来ちゃった…オレ…遂に到頭来ちゃったよ…
[はぁ…]
いくらオレが学級委員だからって…
…やっぱりこれはひどくないですか…?先生…
ーだが、
頼まれてしまったからには、しょうがない。
なんせ、
オレは学級委員なのだから。
ここはやってやるしかない。
やってやるしかないのだ。
最早ここまで来て、
オレに選択肢などないのだ。
ゆっくりと手を伸ばし、
オレは奴の家のインターホンを恐る恐るぽちりと押した。
こんなにインターホンを押すのに緊張したのは初めてだ。
ああ…嫌だな…嫌だな…
そう思いながら、
その場でしばらく固まっていると、インターホンから声がした。
[ごめんなさいね。わざわざ来てもらっちゃって。]
奴の母は、思ったより若くてキレイな方で、オレにコーラを出してくれた。
うむ。中々いい母親じゃあないか。
コーラを飲みながら、奴の母の話をしばらく聞いていた。
どうやら、奴は本当に`ヒキコモリ´のようだ。
[部屋からどうしても出たがらないのよ…どうしてかしら…?うちの子イジめられたりしてたの…?]
奴の母は、大きな鋭い目でオレの顔をじっと見つめてそう問いた。
[いえ、それはないと思います。]
コーラを飲み終え、コップを机に置いた。
ふぅ…久々の炭酸、おいしかった。
[ちょっとだけうちの子と話していってくれない…?ちょっとだけでいいの。]
奴の母の目は、とても泣きそうなものだった。
もう、すがるのがどうやらオレしかいないのだろう。
先生に言っても、あんまり効果がなかったのだろうか。
ーまあ、それもそうか。
ヒキコモリの奴の家に行くという役を学級委員であるオレになすりつけやがった張本人なのだから。
とんだクソ教師だな、こりゃ。
[分かりました。]
オレは頷いて、その場を立ち上がった。
これは、厄介なことを引き受けてしまったものだ。
はぁっ、と小さくため息を吐き、
もう一度、目の前のドアを見つめた。
この部屋の向こうに奴が居る。
居るのか…
[………。]
ぐっと拳を握りしめ、
オレはゆっくりとドアを二、三回ノックした。
こんこんこんっ
[………。]
ーしかし、
やっぱり返答はない。
[…はぁっ……]
オレはその場で肩を落とした。
奴の母には、ノックしても返答がなかったらもういい、と言われたのだが…
何だか…何だか少し、
奴がヒキコモリになった理由を知りたいという気持ちが沸き上がってきた。
今、たったの今、
オレは、何だかそう思ってきてしまっていたのだ。
[……よし!]
オレは、もう一度目の前のドアを二、三回ノックした。
今度はさっきよりも少し強く。
[…えっと、同じクラスの学級委員だけど。]
少し強めの声で、オレはドアに向かってそう吐いた。
何だかドアに話しかけてるみたいだな…オレ…
なんて思いながら、返答をしばらく待った。
だが、奴はやっぱり何も言わなかった。
[今日はありがとうね。]
玄関で奴の母が笑顔でオレに礼を言って笑いかけた。
[…いえ、すみません…何もお役に立てなくて…]
奴の母の笑顔を見た瞬間、オレの中では無数の何とも言えない感情が溢れ出した。
別に、全くオレのせいではないのだが。
だが、それでも、今のオレは罪悪感でいっぱいだった。
[…また…また来ます。]
[…え?]
[あっ、ほらっ、学校でもらうプリントとかないと困るだろうし…あっ、しゅっ、宿題プリントとかもっ…その…ひ、必要だろうし…えっと…]
オレはふと、今自分の口が勝手に動いていたことに気づいた。
少し冷静になってみようと、さっきたぶん言っただろう言葉を少し思い出してみた。
思い出してみた、というよりかは頭でリピートさせるという感じだが。
[…ありがとうね。本当にありがとう。クラスにこんな優しい男の子が居たなんて…ありがとう。]
しばらく頭を整理していると、奴の母がぽつりとそう言ってきた。
奴の母の顔をゆっくりと見ると、泣きそうな顔そのものだった。
その瞬間、もうどうにかしてやれるのはオレしかいないのか、と思った。
[…また来ます…必ず来ますので。]
オレはそれだけ言って、一礼してからその場を去った。
頭が整理し終わった現在のオレは、驚きにただただ固まっていた。
オレはさっき何と言ったのだろうか。
いや、知っている。
オレは、また来る、と言ったのだ。
奴の家に、奴を説得して学校に来さすために、オレは自然とそう言っていたのだ。
[………。]
オレはもうただただ驚いて、驚いて、頭がもうミックス状態だった。
あんなに奴の家に行くのが嫌だったオレが、最後には、また行く、と言ってしまったなんて。
これは、一体全体どういうことだ…?
オレは奴の友達でも何でもないのに…
それどころか、オレは奴の姿、容までも思い出せないくらいの無関係な関係なのに…
それなのに…
オレは何だか意味不なよく分からない感情に支配されつつあった。
他人のためにオレが手助けするってのか…奴なんかのために…あれ?
その時、オレはふと、あることに気づいた。
ーそういや、オレはなぜ今まで奴のことを`奴´だと認識できていたのか。
姿、容も思い出せないと言うくせに、なぜ、ヒキコモリをしているのが、`奴´だと初めから分かっていたのか。
無関係の関係の奴になぜここまでしようとしているのか。
[………。]
何だか難しい話になりそうだったので、とりあえずオレは考えるのを止めた。
別にオレが手助けしたって構わないじゃないか、別に。
だって、オレは学級委員なのだから。
何も理由なんていらない。
いらないのだ。
奴を助けたって、別にいいじゃないか、別に。
オレが奴のことをどう思っていたって、別にいいじゃないか、別に。
ああ、もうっ…
何だか気持ち悪い気分だ。
オレが奴のことを好きだっていいんじゃないのか?
別に、いいんじゃないのか?
何はともあれ、オレはこれから毎日奴の家に行くのだ。
奴を説得して、学校に来させるため。
ーではない、
ーではないのだろう、たぶん。
オレは、オレはただ、
ー奴に会うために奴の家に行くのだ。
これから、毎日。
奴の部屋のドアから声が聞こえるまでー。
…thank you for reading
あとがき→