DRRR!! 小説用
□4話 沈黙、悲喜に共鳴
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はたから見たら、少女は随分と怪訝な表情をしていただろう。
その少女――久遠葎は、普段の機械じみた無表情とは一変した表情をして夕刻の街を徘徊していた。
――黒バイクと折原臨也って一体何者……。
いつものポーカーフェイスを崩すほどの理由。それは、一週間前に会った二人の異様さに違和感を覚えたからであった。
考えてみるがまるで答えが見つからないようで、怪訝な表情がさらに曇る。
――頭痛くなってきた。
慣れない考え事などしなければ良かったと後悔。もう考えるのはやめようと思い顔をあげると、上空には―――――
自動販売機。
実際、それが自動販売機だとすぐには思えなかった。それもそのはず。自分より重いものを投げる人など見たことがないのだから。
その光景は葎の常識を一瞬で否定した。人間の力では到底実現することは不可能。葎自身もそう思う筈だった。
筈だったのだが、いつかの映像が頭をよぎった。
一度だけ会ったのだ。自動販売機を投げる人間に。バーテン服を着た金髪の男。
――その人だったらいいけど。……あ。
その場所へと歩き出そうと思ったとき、ふと大事なことを思い出す。なぜ今まで気付かなかったのだろうか。
――そういえば名前、聞いてなかった……。
歩を進めるにつれて益々大きくなる喧騒。もはやまともな言葉とはいえない怒声と、絶叫。まき散らされるのはその二つ以外存在しない。
しかし一瞬のうちに、水を打ったような静けさが訪れた。突如として消えた喧騒に、僅かな焦りを抱き歩を早めた。
葎がその場についたとき、一人の男の周囲には、複数の人間が倒れていた。
中心に立っていたのは、紛れもなく――あの金髪の男だった。考えるより先に、葎は彼に近よっていた。
「あの」
「あぁ゙?」
まだ先刻の興奮が治まっていないのか、声には怒りの色が見られる。
振り向き様に、持っていた標識を振り上げてきたが、葎の姿を目にした途端、動きが止まった。
「……お前、あれだよな? あん時、絆創膏くれた奴」
「そう、ですね」
思いもしない問いかけに言葉がつまる。
「だよな」
男は納得したように頷きながら、右手に担いでいた標識を投げ捨てた。
「何か用だったのか?」
そこで葎は気付いた。
一体何のためにここにきたのか。ただ、この目で確かめたかったのかもしれない。声をかけるつもりなどなかった。
「いえ、特には。それより、取り込み中でしたね」
葎は、冷たいコンクリートの上に倒れている数人の男たちに目を向ける。一部始終を見ていなくとも、この男がやったのは誰が見ても明らかだった。
「あーもう終わった。……ちッ。俺は暴力が嫌いだって言ってるのによ。あぁ゙くそ」
そう言って拳を固める。これではまた殴りかかっていきそうな雰囲気だ。そうなるのも面倒なので、葎は咄嗟に口を開いた。
「名前」
「は?」
「名前、何て言うんですか」
葎がそう聞いたことで、静雄の殺気だった怒りは何故か治まった。
「平和島静雄ってんだ。お前は?」
「久遠葎」
「葎か。よろしくな」
葎は無言で頷いた後、スカートのポケットから何かを取り出した。
「また怪我してますよ」
静かに手を前につきだす。手に持っているのは絆創膏だ。静雄は受けとると、眉をひそめた。
「……なぁ、何でそこまでしてくれるんだ? さっきの見てなんとも思わねーのかよ」
不信感を募らせる静雄に対し、葎は小首をかしげた。
「何も。それっておかしいことでしたか?」
「あ、いやおかしくねーけど。……やっぱおかしいな」
静雄は自虐的な笑みを浮かべると、少し躊躇いがちに言葉を続けた。
「他の奴は口揃えて怖いっつーんだよ。だからそんなこと言う奴は数えるぐらいでよ。……ありがとな」
ざわざわと何かが動き出す。
――あぁ、この人は私と似ている。
何がというわけではない。寂しげに笑う静雄の表情に、そう思うしかなかったのだ。
しかしこんな時、どういう顔をすればいいのだろうか。葎にはそれが分からなかった。
一体どんな顔をすれば相手はよく思うだろう。人の機嫌なんてどうでもいいと思っていた心に、少しの不安が渦巻いた。
どうしようかと戸惑っていると、
『……笑ってよ』
聞き覚えのある声が葎の脳髄に響いた。葎はその声に懐かしさを覚えながら、無意識に慣れない笑顔を作り出していた。
静雄は固まった。文字通り硬直したのだ。穏やかに笑う葎の表情を見て。
「……お前、そういう顔もできるんだな」
「は?」
静雄の突拍子もない言葉に思わず声を発してしまう。
静雄は顎で示した。指しているのは紛れもなく葎の顔だ。
「前も浮かない顔してただろうが。んな面してるより笑ってる方がいいんじゃねーか?」
何の悪気もなしに言ったのだが、葎にはその一言が突き刺さった。
――何だ、この人もか。
葎は気付かれないように己の手を、強く強く握りしめた。顔はあくまで冷静を貫き通して。
単細胞と呼ばれる静雄が、葎の変化に気付くわけがないのだが、その時ふと焦ったように口を開いた。
「あ、勘違いすんなよ。その顔が嫌だって言ってんじゃねーからな。お前はそれでも十分いいと思うぞ」
「え」
その言葉は何の抵抗もなく体に染み込んでいった。段々と手の力が抜けていくような気さえする。
葎の心に何かが。何かが複雑に混ざりあった。
いつもならこんな感情が湧いてくることなどなかったが、何故かこのときだけは抑えようがなかった。
「ありがとう……ございます」
俯きながら、わずかに口元を綻ばせた。だがそれは刹那の出来事だった。
静雄が瞬きしたその一瞬に、無表情へと変わっていたのだから。
「じゃあもうこれで」
葎は手の甲で顔を隠しながら、返事も待たずに足早に駆けていってしまった。
「何だ、あれ」
静雄は、鼓動が早くなっているのにも気付かず、仕事場に向かう道を歩いていったのだった。