DRRR!! 小説用
□8話 鬼、闇に震える
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――やっぱり臨也さんは苦手だ。
葎は携帯の画面を眺めながらため息をついた。
臨也に誘われるままこのチャットに紫というハンドルネームで参加したのだが、相変わらず慣れない。
臨也は所謂ネカマだ。それでいて人を不愉快にさせる事を楽しみとしている。葎は臨也のこのようなところがあまり好きではない。
人を嘲笑うような物言いは寒気がする。モズの早贄のごとく、後から獲物を喰らう―――。
「って、さすがに考えすぎか……」
何だか馬鹿らしく思えてきた。
小さく呟いたつもりだったが思いの外聞こえていたらしく、すれ違った人々が数人振り向いた。当の本人は全く気付いていなかったが。
チャットをやめ、携帯をしまおうとした間際、突然の衝撃で携帯を落としてしまった。
「あ、すいません」
葎は相手の顔も見ずに謝ると、落とした携帯を取ろうと身をかがめた。しかし葎が取るより先に相手が携帯を拾いあげた。
「ごめんね〜落としちゃって! お礼にさ、俺らとどっかで遊ぶっていうのは?」
顔をあげると、そこには3人の男が立っていた。これは面倒な事になりそうだ。
「いや、あの、お礼はいいので携帯返してくれませんか」
「え、何それ何それー。つまんないこと言わないでさ、な?」
「そうそう! こっちは3人いんだし、抵抗しても無駄だって!!」
「つか、そのためにぶつかったんだし?」
――それはお礼じゃなくて強制……。
緊張感のない考えを浮かべると同時に、どうすれば携帯を返してもらえるかについて思考を巡らせた。
素直に返してくれるとは思えない。こうなれば、行くといって油断させてから奪い取って逃げるのはどうだろう。
「分かりました。行きますから携帯返してください」
「だめだめ。行ってから行ってから!」
――はぁ……どうしてこうなった。
「もうここでいんじゃね?」
「だよなー」
「つーことで、よっ……と!」
大通りをすぎて街灯の少ない場所に来た途端、いきなり路地へ引き込まれた。
よろめいて壁に手をつく。男たちはニヤニヤと笑っている。
「抵抗すんのは無しだぜ? ま、無理だろーけど」
そう言って葎の手首を掴み、壁に押し付ける。前も横も後ろも完全に塞がれている。簡単には逃げられそうもない。
そんな中、葎は下を向き小さく震えていた。
「もしかして怖い!? 大丈夫だって! 優しくすっからさ」
「俺が先な」
「んじゃ、次」
「んだよ、最後かよ」
先入観。
男たちは、震えは恐怖からくるものだ、という先入観にとらわれている。
もうひとつの可能性を考える事もしなかったのだ。
確かに葎は震えている。だがそれは―――。
「残念です」
「あ? 最初がお前だから残念だとよ」
男が横を向いた時、すぐ耳元で声がした。
「ホント、残念」
刹那、振り払った腕で男の首を押さえ込み、両足に蹴りを叩き込む。
その状態のままぐるりとまわり、相手のこめかみに肘をくらわす。男は痛さに呻きながらその場に崩れる。
この時点で立場は完全に逆転していた。追い詰められる者と、追い詰める者。葎は今、後者だ。
「ふざけやがって……このアマぁぁああ!!」
両サイドから、隙だらけの構えで拳を振りかざす。葎はそれを、軽いバックステップでかわした。
体勢を崩し無防備になった状態のところへ葎が攻撃を仕掛ける。
1人の男の顎を蹴りあげ、あろうことかそのまま壁にねじ込んだのだ。ミシッと音をたてて壁に罅が入る。
倒れようとする体を、葎は許さない。続けざまに、振り上げた足を横に薙ぐ。
落下途中だった体はもう1人の男を巻き込み、派手に音をたて、側にあったパイプの山にぶつかった。カラカラとパイプが転がる。
その時、一番最初に倒れた男が弱々しく立ち上がった。その男の両の瞳には恐怖がありありと浮かんでいた。
けれど、このままではプライドが許さないのだろう、震えた声で必死に喚き出した。
「はっ! 調子にのってんじゃねーよ!! 手加減しただけだぁあ! お前なんか、一瞬で―――」
そう、一瞬で。
葎には最後まで聞いてやる義理はない。だから、やめてもらったのだ。強制的に。
血のついたパイプを肩に担ぎ、男を見る。もちろん死んではいない。
手加減して殴ったのだから、当然だ。これだけで死んでしまっては困る。
完全に戦意が折られているのは確かだった。
葎は深く息を吐いた後、何事もなかったかのような顔で男たちを見据えた。
「私は、携帯を返してほしいだけですよ」
「ん、んなもん返す!! おい行くぞ!」
唯一まともに歩ける男が携帯を放り投げた後、二人の男を引きずりながら逃げていった。
――やっぱり面倒なことになった。
ふらふらとした足取りで逃げていく男たちを見てため息をつく。
葎は震えていた体を押さえつける。
そう、葎は震えていた。
だがそれは―――。
どうしようもない歓喜のための。