DRRR!! 小説用
□12話 紫々鬼、死に急ぐ
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葎が転校してきてから数週間がたった。窓で眠りこける習慣は相変わらずだったが、変わった事がひとつ。
桜も咲き始めたこの季節。葎は高校2年生になった。
転校してきた日が中途半端すぎる時期であったため、こうして早い2年生を迎えたわけだが、葎はそれどころではなかった。
依然広がり続ける紫々鬼の噂。最早、その噂を知らぬ者はいないだろう。街中を歩いていれば、それは容易に分かる事だった。
絶えず聞こえてくる、紫々鬼という言葉。
葎には、そう簡単に切り離せるものではない。耐えられるものではない。
だがこうして平然を装う事ができるのは、何らかのストッパーがあるからだ。
自分自身ではない。他の何か。
――静雄さん……。
彼の存在が、葎の何かを繋ぎ止めている。
だが、葎自身それがなんなのか分かっているわけではなかった。
ただ何となく。変な感じがする、ぐらいにしかに捉えていない。意味が分からない自分に腹が立つ。
学校が休みである今日は、葎にとっては良い日だ。
何も聞こえない。
何も見えない。
何も感じない。
唯一の幸福。ベットに潜り、布団に顔をうずめる。
このまま何もせず眠りに落ちれば楽なのかもしれないが、葎はあまり眠りたくなかった。
噂が流れた日から、悪い夢を見るのだ。それも仕方のない事なのかもしれない。
「寂しい」
思わずこぼれた言葉に、はっとする。
――らしくないことを。
ずしりと重い、胸元の塊はなんだろう。鬱陶しい。たまらず外に飛び出した。この塊が何か分かるだろうと思い。
街を歩いても何も分からない。ますます塊が重くなるだけだった。
いつまで歩いていたのだろうか。すでに空は暗くなり始めていた。確か外に出たのは昼頃だったはずだ。
――何やってんだろ……。帰ろ。
立ち止まり、顔をまっすぐ上げた。
目の前には―――見知らぬ男が。
この光景は前にも見た。悪い予感がして振り返る。遅かった。すでに囲まれていたのだ。
「お前、紫々鬼だろ」
「人違いでは」
「そんなわけねーじゃん! だって俺ら、全員意見一致してるしぃ?」
目の前で一枚の写真をちらつかせる。
それは、
「私の……」
「そゆこと。まぁでも、正直女だとは思ってなかったわ。恐ろしい紫々鬼様がなぁ!!」
「俺ら上から、何もすんなって言われてっけどよぉ、せっかく目の前にいんだしなぁ?」
「つか、お前ホントに強いわけぇー?」
挑発するような口振りで、余裕に笑う。葎は何も答えなかった。
答えるのでさえ面倒くさいというように、固く口を閉ざす。
「ちッ……無視してんじゃねーぞ、おい!!」
男は苛立たしげに拳を振りかざす。葎はその拳を見上げ、自分にだけ聞こえる声で呟いた。
「もう、いいよ」
乾いた音が響く。
葎は、振り下ろされた拳を避けなかったのだ。重い拳によろめいたが何とか踏みとどまり、虚ろな目で男たちを見上げる。
――あぁ、面倒だなぁ……。
相手の挑発にのるのも悪くないと思ったが、葎は結局諦める事を選んだ。
「んだよ、弱すぎっ! お前ホントに紫々鬼かよ。反撃のひとつ……してみろよっ!」
何もしない葎の態度が気に障ったのか、今度は脇腹に蹴りを入れる。
鋭い痛みで一瞬息ができなくなり、激しく咳き込んだ。それでも反撃はしない。
痛めつけられても、血が流れても気にしない。何もかも面倒なのだ。
この状況を考える事も、自分の体が壊れてしまう事も、すべてどうでもよかった。大人しく殴られれば、気が済むだろう。
――何したって、どうせ噂は消えないし。
ひねくれた思いを胸にしまい、唇をきつく噛んだ。男たちはますます興がり、自分自身の強さに酔いしれていた。
葎の髪を鷲掴みにするとそのまま地面に引き倒し、咄嗟についた葎の左手首を思いきり踏みつけた。
折れはしなかったが、それ同等の痛みが葎を襲う。
痛さに歪んだ顔で相手を見上げた。そして目を離さなかった。
だから―――相手が消える事などありえないのだ。
けれど一回の瞬きのうちに、目の前にいた男はいなくなっていた。それだけではなく、周りにいた男たちの姿もない。
あるのは、ボロボロになった自動販売機とその他持ち上げられないような公共物。
「何してんだ、てめーらよぉ……」
地を這うような低い声。でも何故か安心してしまうこの声は。